私自身に中学受験の経験はありません。
住んでいたのが埼玉のド田舎で、小学校は1クラス、中学校は隣の小学校と合わせて4クラス。
この中で中学受験したというのは隣の小学校にいたという男の子1人のみ、という話でした。
受験とは高校以上でやるもので、中学校は地元の公立に行くのが当たり前でした。
でも、今住んでいるのは東京で、中学から私立に行くという選択肢が当然のように存在しています。
さすがに小学校受験というのは子供にも負担がかかるし、割とおてんば気質のある娘なので、そこで無理させるよりは……ということで選ばなかったのですが、中学校はちょっと考えないといけないかな、となりました。
元々夫は自身の出身中学でもある地元の公立中学には入れたくないと言っていました。
小学校まではそこまで差は出ないだろうけど、中学校になったらそれこそ不良になる子もいるし、友達付き合いの中で悪い方に染まってしまうことがあるかも、と。
私も私で、公立中学の玉石混交状態はよく知っていますし、私の中学時代は奇跡的に不良男子も言葉で押さえつけられる男性教師が3年間担任だったり、席が1番前でなかったのが3年生の2学期のみだったり(それでも前から2番目)、勉強できる環境が奇跡的に確保されていたのですが、娘もそうなるとは限らないというのも十分わかっていたので、やるだけやってみたらいいんじゃないかと思うようになりました。
それで娘に話をしてみたところ、現時点での学校での授業はうるさい男子がいたりして集中できないから、静かに勉強できるなら私立がいいという意見でした。
私自身、高校に入って周囲が全て頭のいい子になった状態の授業があまりに静かなことにビックリしたくらいでしたから、それなりに頭のいいところに入ればその環境は手に入るのはわかるので、じゃあ中学受験してみようか、となりました。
そうなると次に決めないといけないのは通うべき塾。
ガッツリ受験で有名なところはいくつか知っていたものの、果たしてその塾に娘が合うのかどうかが問題。
娘の意思を確認したところ、ガッツリ受験ではなく、ほどほどに頑張れるくらいのところがいい、とのこと。
ガッツリ受験勉強して親子二人三脚で頑張りました、みたいにやれば多分御三家とかには入れるくらいにはなるだろうとは思っていたものの、それだとほぼ間違いなくついていけなくて落ちこぼれるだろうなとも感じているので、じゃあガッツリ受験より少し下の中堅塾にしようかな、となりました。
個人塾もたくさんあるのですが、大手の方がカリキュラムがしっかりしているだろうと思ったので、パッと名前を思いついた大手中堅受験塾にとりあえず無料体験を申し込んでみました。
そう決めたのが3年生の年明けくらいで、中学受験が4年生からというのは何となく知っていたので、このタイミングから始めればまぁちょっと早いくらいかな、と当時は思っていました。
それでまず入塾試験を受けてみたところ、算数は問題ないけれど国語の読解が壊滅的だというのが発覚。
元々勉強を見てきた中で長文読解があまり得意ではないことは知っていたものの、これほどまでとは、というレベルでした。
まぁ、今まで進研ゼミとかをやってきたとはいえ、初見の文章を読み解く経験は皆無でしたし、普段からあまり本を読んでいないので、無理もなかったと言えば無理もないことでした。
ただ、担当してくれた塾の先生が言うには、漢字の読み書きとかの基本はしっかりできているから、ここから勉強していけば伸びるでしょう、ということでした。
次に無料体験の日程を決めることになったわけですが、2月の1週目からちょうど新年度カリキュラムになるので、そこから受け始めるのがいいですね、と言われたのが最初のカルチャーショックでした。
中学受験の本番が2月初旬だということは知っていたものの、塾もそれに合わせて2月から新年度という事実を初めて知りました。
ちょっと早く動き始めたのかと思いきや、ギリギリでした。
そうして無料体験を終えてみたら、ガッツリ宿題を出されてカルチャーショックその2。
私自身中学3年生から塾に通いましたが、塾で宿題を出されたことがなかったので、これから娘の勉強は塾に任せればいいや、と思っていた希望は早々に打ち砕かれました。
そのときそのとき塾で習った内容の問題集があり、更には翌週に宿題をやったかどうかのテストもある、という。
さすが大手、カリキュラムがしっかりしてらっしゃる、と思ったものです。
宿題も親がちゃんと見ないといけない感じで作られていて、国語の問題とかも読むわけですが、これ小学4年生が読む文章ですかね、というレベルで難しい文章でカルチャーショックその3。
聞いている内容はそこまで難しいわけではないものの、芥川龍之介「蜘蛛の糸」とか井上靖「しろばんば」など、中学校以上の教科書に出てくる文章ですけど!?、というもので、今から難しい文章に慣れておけということらしいですが、中学受験ってこのレベルなんだ、とひたすらビックリしました。
そうして塾に通い始めて2ヶ月で春休みに入ったわけですが、春期講習は受講することが前提で、もし受けられないなら手続きが必要、という普通逆なんじゃないのということにカルチャーショック4。
他にも、毎月塾内模試がある、塾内模試で好成績を収めると成績上位者のみ参加できる講習に呼ばれる、それはそれでお金がかかる、根本的に授業料が高い(私の中学3年生のときの5教科の授業料の2倍近い)、そもそも親のガッツリ協力が不可欠、などなど中学受験って4年生からこんなに大変なんだ、と驚かされることが多々ありました。
ただ、塾に行き始めてよかったこともありました。
まずは、学校の宿題にかかる時間が劇的に短くなったこと。
今まではダラダラ1時間くらいかけてやっていた宿題がサクッと10分くらいで終わるようになりました。
塾の宿題が結構な分量なので、学校の宿題に時間がかけられないのに加えて、塾で難しい問題をやるようになったら学校の勉強が激しく簡単になってしまったようでした。
次に、土日も勉強するようになって勉強計画を立てるようになったこと。
塾の宿題が平日だけではとても終わらないので休日にやるしかないわけですが、娘も塾の宿題は終えないといけないというのが刷り込まれたため、じゃあ毎日どれだけやったら宿題が終わるのかというところから勉強する計画を立ててそれに従って勉強するようになりました。
また、塾で勉強するようになってから国語が格段にできるようになりました。
入塾直後は、文章中の指示語が具体的に何を指しているのか、文章の要点とか、小さい頃から本ばっかり読んでいた私からすると、そんなの読めばわかるじゃん、みたいなのがサッパリだった娘が、結構な割合で理解できるようになりました。
やったらやったでちゃんと成果が出るのだな、と感じられたのは塾に入って1番良かったところでした。
2021年11月08日
2021年09月05日
文学が読めない話
※昔書いた記念企画用のエッセイを現在の視点で加筆修正したらこれが出来ました。
娘が中学受験用の勉強を始めたことで、家で娘の勉強を見る機会が増えました。
算数に関しては非常に勘が良く、問題へのアプローチの仕方などが私自身にすごく似ていると感じるところもあり、これが遺伝か、と思うことが多々あります。
台形の面積の公式が好きなところも似ています。
社会や理科などの暗記系科目も割と得意です。
ただ、問題は国語。
漢字は問題ないのですが、とにかく読解問題が苦手。
学校のテストだと授業でやった文章がテストに出てくるので成績自体悪くないのですが、受験用の初見の文章を読み解け、となるとかなり難しいみたいで詰まることも多いです。
それで解答を見ながら親として解説したりするわけですが、解説を読めばわかるけど問題読んだだけだとちょっとわからないかも、と私自身も思ったりして、そういえば私も国語の成績は良いか悪いか極端だったな、というのを思い出しました。
例えば、平均点70点のテストがあったとすると、80点を取るか60点を取るかみたいに安定していなかったです。特に高校生のときはそうでした。
元々私は小さい頃から本を読んでいる方でした。
当時の娯楽と言えば、外で走り回るか家の中で絵を書いたり読書をするくらい。
インドア派で絵も得意ではないとなると、やることと言えば読書一択。
日本昔話とか世界偉人伝など1冊5分もあれば読み終わる薄い本が200冊くらい家にあって、同じ本を数百回読み込んだり、寝る前に5冊くらい選んで両親に読み聞かせをしてもらったりしていました。
それで小学校2年生で「あさりちゃん」の漫画に出合ってマンガを読むようになって、そこからは漫画と図書館の本と同時並行でいろいろ読んでいました。
そうして中学生になって歴史を学ぶようになると、有名な文学作品とその作者を覚えさせる問題が出てくるので、実際その本を読んでみようかという流れになりました。
それで読んでみたのが「ライ麦畑でつかまえて」「蟹工船」「星の王子様」「銀河鉄道の夜」「羅生門」と、この辺り。
これが本っっっ当に意味が分からなくて、なぜこれが名作なの?、という状態に陥りました。
読み終わってみても、だからなんだ、としか思えなかったのです。
作者の自伝的な内容である「しろばんば」「あすなろ物語」、ちょっと悲しい初恋物語の「野菊の墓」、詩集の「智恵子抄」はわりとわかりやすくて楽しめていたのですが、読めたのは本当にこれくらいで他の作品はダメでした。
その理由がわかったのは高校生になってから。
国語の授業で「羅生門」を勉強する機会があって、この場面ではこういう意味があるとかを授業でキッチリ教えてもらって、文学作品はこう読むものなのだというのはわかりました。
でも、だからといって他の文学作品を読めるようになったかというとそんなこともなく、高校の図書室では富士見ファンタジア系とか推理小説とかを読み漁りました。
内容はやっぱりわかりやすく結末がはっきりしていて謎を残さないまま終わるのがいい、という結論に達しました。
文学作品は現代作ならいけるかもと、「深い河」なども読んでみたりしましたが、ダメでした。何でそこで終わるかなぁ、となってしまい、どうしてそこで終わるのかとかを考えられなかったのです。
読んで感じ取れと言われても何も感じ取れないけれど、こういうことを感じ取るものなのだと言われるとわかる、という感じだったので、初見の文学作品はまともに読めなかったです。
自分で考えるよりも、答えを提示してくれたら納得できるからその方がいい、という感じでしょうか。
国語の試験も、内容に共感できるものだったら成績もいいし、出来ないものだと成績も落ちるという感じになりました。
それで約10年前「ノルウェイの森」が映画化されたとき、テレビの特集で原作について語り合おう、みたいな番組があって、そこに光浦靖子さんが出演していて、この場面はこうだったとかいろいろ話しているのをたまたま見かけました。
それを見て、あぁ光浦靖子さんは文学を読める人なんだな、と感じました。
結局この辺りも遺伝というか生まれつきのものがあって、私の場合は数学の問題だとかは問題を読めば解き方なんてわかるじゃんという感じで解けない人の気持ちがわからないけど、文学を読める人からするときっと私などは何で読んでわからないのかと思われているいう感じなのかな、と。
どちらもできる人はいるのでしょうが、私には文学を読む才能はなかったのだろうな、と感じました。
小さい頃からある程度数でカバーしていたからわかりやすい本は読めるけど、それ以上となると無理で、読んだことはないものの哲学の本とかはもっと読めないのだろうな、と思います。
それがそのまま現在まで続いていますが、昔読んだ文学作品をネットで検索すると、この作品はこう読めばいいという考察ページが割と出てくるので、それを読んで初めて理解できたという作品は増えました。
特に「源氏物語」は「あさきゆめみし」で内容こそ知っているものの、何でそこはそうなるのかなぁ、とかわからないことが結構あったのですが、考察を読んで納得したことが多かったです。
例えば、終盤で源氏が女三宮を正室に迎えたら紫の上が病んでいく過程。初めて読んだときはなぜ紫の上が病んでいくのか全く分かりませんでした。源氏に頼まれて明石中宮を育て上げたりしているのに、若い子が源氏の正室になっただけで今更病むの?、と。
それがいろいろ考察を読んでみると、紫の上は源氏に理想の女性として育てられたから、源氏に嫉妬心を見せるようなこともしないし、かといって女三宮を悪く言う源氏に同調したりもしないけど、源氏しか拠り所がないのに源氏の正室の座を持っていかれたから心が保てなくなっていく、とあり。言われたらなるほどなぁ、と思うわけで、それでいろいろ検索をかけたりもしていました。
結局、私は今でも考察なしでいきなり文学作品を読み解くことはできないのですが、高校のときの国語の先生は元々バリバリ理系だったのが途中で文学に覚醒して学び直したという話をしていました。
大学は理系の心理学を専攻していたもののそこまで興味があったわけでもなく、いろんな授業をモグリで受けていたら、とある文学の授業で「この作品で牡丹が落ちるという描写には意味がある。」というのを聞いて、文学を学びたいと思ったと言っていました。散々迷った挙句転科試験を受けずに文学部の大学院に行って教員免許を取って高校の国語教員になった、と。
人生どこでルート分岐するかわからないものだなぁ、と思ったものです。
私もそういう出合いがあったら違う人生もあったのかなぁ……と思いつつ、結局今でも文学が読めないので覚醒はしなかったのだろうな、とも思います。
現在だと、何かの作品を1回読む、考察を読む、もう1度読み直す、という過程を経て文学作品はちょっとだけ読めるようになった気がしています。
娘が中学受験用の勉強を始めたことで、家で娘の勉強を見る機会が増えました。
算数に関しては非常に勘が良く、問題へのアプローチの仕方などが私自身にすごく似ていると感じるところもあり、これが遺伝か、と思うことが多々あります。
台形の面積の公式が好きなところも似ています。
社会や理科などの暗記系科目も割と得意です。
ただ、問題は国語。
漢字は問題ないのですが、とにかく読解問題が苦手。
学校のテストだと授業でやった文章がテストに出てくるので成績自体悪くないのですが、受験用の初見の文章を読み解け、となるとかなり難しいみたいで詰まることも多いです。
それで解答を見ながら親として解説したりするわけですが、解説を読めばわかるけど問題読んだだけだとちょっとわからないかも、と私自身も思ったりして、そういえば私も国語の成績は良いか悪いか極端だったな、というのを思い出しました。
例えば、平均点70点のテストがあったとすると、80点を取るか60点を取るかみたいに安定していなかったです。特に高校生のときはそうでした。
元々私は小さい頃から本を読んでいる方でした。
当時の娯楽と言えば、外で走り回るか家の中で絵を書いたり読書をするくらい。
インドア派で絵も得意ではないとなると、やることと言えば読書一択。
日本昔話とか世界偉人伝など1冊5分もあれば読み終わる薄い本が200冊くらい家にあって、同じ本を数百回読み込んだり、寝る前に5冊くらい選んで両親に読み聞かせをしてもらったりしていました。
それで小学校2年生で「あさりちゃん」の漫画に出合ってマンガを読むようになって、そこからは漫画と図書館の本と同時並行でいろいろ読んでいました。
そうして中学生になって歴史を学ぶようになると、有名な文学作品とその作者を覚えさせる問題が出てくるので、実際その本を読んでみようかという流れになりました。
それで読んでみたのが「ライ麦畑でつかまえて」「蟹工船」「星の王子様」「銀河鉄道の夜」「羅生門」と、この辺り。
これが本っっっ当に意味が分からなくて、なぜこれが名作なの?、という状態に陥りました。
読み終わってみても、だからなんだ、としか思えなかったのです。
作者の自伝的な内容である「しろばんば」「あすなろ物語」、ちょっと悲しい初恋物語の「野菊の墓」、詩集の「智恵子抄」はわりとわかりやすくて楽しめていたのですが、読めたのは本当にこれくらいで他の作品はダメでした。
その理由がわかったのは高校生になってから。
国語の授業で「羅生門」を勉強する機会があって、この場面ではこういう意味があるとかを授業でキッチリ教えてもらって、文学作品はこう読むものなのだというのはわかりました。
でも、だからといって他の文学作品を読めるようになったかというとそんなこともなく、高校の図書室では富士見ファンタジア系とか推理小説とかを読み漁りました。
内容はやっぱりわかりやすく結末がはっきりしていて謎を残さないまま終わるのがいい、という結論に達しました。
文学作品は現代作ならいけるかもと、「深い河」なども読んでみたりしましたが、ダメでした。何でそこで終わるかなぁ、となってしまい、どうしてそこで終わるのかとかを考えられなかったのです。
読んで感じ取れと言われても何も感じ取れないけれど、こういうことを感じ取るものなのだと言われるとわかる、という感じだったので、初見の文学作品はまともに読めなかったです。
自分で考えるよりも、答えを提示してくれたら納得できるからその方がいい、という感じでしょうか。
国語の試験も、内容に共感できるものだったら成績もいいし、出来ないものだと成績も落ちるという感じになりました。
それで約10年前「ノルウェイの森」が映画化されたとき、テレビの特集で原作について語り合おう、みたいな番組があって、そこに光浦靖子さんが出演していて、この場面はこうだったとかいろいろ話しているのをたまたま見かけました。
それを見て、あぁ光浦靖子さんは文学を読める人なんだな、と感じました。
結局この辺りも遺伝というか生まれつきのものがあって、私の場合は数学の問題だとかは問題を読めば解き方なんてわかるじゃんという感じで解けない人の気持ちがわからないけど、文学を読める人からするときっと私などは何で読んでわからないのかと思われているいう感じなのかな、と。
どちらもできる人はいるのでしょうが、私には文学を読む才能はなかったのだろうな、と感じました。
小さい頃からある程度数でカバーしていたからわかりやすい本は読めるけど、それ以上となると無理で、読んだことはないものの哲学の本とかはもっと読めないのだろうな、と思います。
それがそのまま現在まで続いていますが、昔読んだ文学作品をネットで検索すると、この作品はこう読めばいいという考察ページが割と出てくるので、それを読んで初めて理解できたという作品は増えました。
特に「源氏物語」は「あさきゆめみし」で内容こそ知っているものの、何でそこはそうなるのかなぁ、とかわからないことが結構あったのですが、考察を読んで納得したことが多かったです。
例えば、終盤で源氏が女三宮を正室に迎えたら紫の上が病んでいく過程。初めて読んだときはなぜ紫の上が病んでいくのか全く分かりませんでした。源氏に頼まれて明石中宮を育て上げたりしているのに、若い子が源氏の正室になっただけで今更病むの?、と。
それがいろいろ考察を読んでみると、紫の上は源氏に理想の女性として育てられたから、源氏に嫉妬心を見せるようなこともしないし、かといって女三宮を悪く言う源氏に同調したりもしないけど、源氏しか拠り所がないのに源氏の正室の座を持っていかれたから心が保てなくなっていく、とあり。言われたらなるほどなぁ、と思うわけで、それでいろいろ検索をかけたりもしていました。
結局、私は今でも考察なしでいきなり文学作品を読み解くことはできないのですが、高校のときの国語の先生は元々バリバリ理系だったのが途中で文学に覚醒して学び直したという話をしていました。
大学は理系の心理学を専攻していたもののそこまで興味があったわけでもなく、いろんな授業をモグリで受けていたら、とある文学の授業で「この作品で牡丹が落ちるという描写には意味がある。」というのを聞いて、文学を学びたいと思ったと言っていました。散々迷った挙句転科試験を受けずに文学部の大学院に行って教員免許を取って高校の国語教員になった、と。
人生どこでルート分岐するかわからないものだなぁ、と思ったものです。
私もそういう出合いがあったら違う人生もあったのかなぁ……と思いつつ、結局今でも文学が読めないので覚醒はしなかったのだろうな、とも思います。
現在だと、何かの作品を1回読む、考察を読む、もう1度読み直す、という過程を経て文学作品はちょっとだけ読めるようになった気がしています。
2021年08月18日
「MINERVAのお部屋・アーカイブ」公開
裏で作業を進めていた「MINERVAのお部屋・アーカイブ」は、ひとまずゲームレビューが一通り移行できたので、公開することにしました。
ついでなので、ブログの方に一通り感想を書いていたゲームに関しても、アーカイブに簡易評価を追加しました。
「真剣で私に恋しなさい!A」以降の作品に関してで、スイッチとPS4のページも新たに作っておきました。ネットカフェでゴリゴリ書いていたのですが、PS3の分を保存ミスって書き直したりもしました。
今後も何かしらゲームをクリアしたらアーカイブに簡易評価を追加していこうと思います。
こちらがURL↓
https://minerva-archive.blog.ss-blog.jp/
この「徒然日記」のサブブログという位置付けです。
今後はコミックスレビューをコツコツ追加していく予定です。
また、「MINERVAのお部屋」に掲載していた小説「星の夢 大地の願い」を「Evergreen」に改題して「小説家になろう」にページを作って掲載しました。
ブログに掲載するよりもこちらの方が読みやすいと思ったので。
再掲載にあたって、内容は大筋同じですがそれなりに加筆修正しました。
もともとアーカイブ作成のためにフロッピー保存だったHPデータを引っ張り上げていたとき、そういえば昔書いた小説の結末は覚えているけど展開結構忘れたなぁ、と思って読み直してみることにしたのが全ての始まりでした。
約20年前の自分に絶望したのがまさにこの時。
ただ、内容を忘れていただけに、ある種第三者的な立場で読み直すことができて、ここはこうすればよかったんじゃないかなぁ、とか、ここはもっと描写を足すべきじゃないかなぁ、とかいろいろ見えてきて、だったらもう最初から手を入れてしまおうと思って手を加えて再掲載に踏み切ることにしました。
当時数人の方から割と詳細な感想をもらっていて、内容としては、後半の恋愛描写がしつこいよ、とか、アディックいいよ、とか、ルシアとラクスの個性ないよね、とかそんな感じでした。
第三者的立場から読み直して確かにそうだなぁ、当時はわからなかったなぁ、と感じるところもありつつ、でも後半の恋愛描写カットはできないなぁ、と思っていた中で、アディックめちゃくちゃいいキャラじゃん、と気付きました。
この作品は1回書き上がったものを最初から書き直しているのですが、アディックは書き直したときに追加したキャラで、特に何も考えずに出したキャラだったものの、複数の人からいいキャラだよと言ってもらっていて、当時はそんなものかなぁ、と思っていたのが読み直したら今の自分の心にヒットするキャラでした。
忠誠心が強くて実直で自分ができる範囲のことを精いっぱいやる人で、上司からも部下からも信頼も厚いというような、今の自分が好きなタイプのキャラでした。
まさか20年後の自分の心にクリティカルヒットなキャラだったとは想像もしていなくて、加筆修正中に楽しくなってきてアディックのエピソードを本編にかなり追加しました。元々第二部では登場するものの一言もしゃべっていなかったのですが、無理矢理会話をねじ込んだりもしました。
でも、本編に追加したエピソードに部下との絡みがなくて(本編のどこにも入る余地がなかった)、アディックの良さは部下とのやり取りの中で出てくるのに……と考えた結果、外伝を書きました。
本編から3年前の話で、書いていてただただ楽しかったです。
現時点で本編は完結済み、外伝は第二章まで公開していますが、第四章で完結するので数日中には公開します。
完全な自己満足ですが、気になる方がいたらこちらからどうぞ。
こちらが本編↓
https://ncode.syosetu.com/n2883hc/
こちらが外伝↓
https://ncode.syosetu.com/n7535hd/
ついでなので、ブログの方に一通り感想を書いていたゲームに関しても、アーカイブに簡易評価を追加しました。
「真剣で私に恋しなさい!A」以降の作品に関してで、スイッチとPS4のページも新たに作っておきました。ネットカフェでゴリゴリ書いていたのですが、PS3の分を保存ミスって書き直したりもしました。
今後も何かしらゲームをクリアしたらアーカイブに簡易評価を追加していこうと思います。
こちらがURL↓
https://minerva-archive.blog.ss-blog.jp/
この「徒然日記」のサブブログという位置付けです。
今後はコミックスレビューをコツコツ追加していく予定です。
また、「MINERVAのお部屋」に掲載していた小説「星の夢 大地の願い」を「Evergreen」に改題して「小説家になろう」にページを作って掲載しました。
ブログに掲載するよりもこちらの方が読みやすいと思ったので。
再掲載にあたって、内容は大筋同じですがそれなりに加筆修正しました。
もともとアーカイブ作成のためにフロッピー保存だったHPデータを引っ張り上げていたとき、そういえば昔書いた小説の結末は覚えているけど展開結構忘れたなぁ、と思って読み直してみることにしたのが全ての始まりでした。
約20年前の自分に絶望したのがまさにこの時。
ただ、内容を忘れていただけに、ある種第三者的な立場で読み直すことができて、ここはこうすればよかったんじゃないかなぁ、とか、ここはもっと描写を足すべきじゃないかなぁ、とかいろいろ見えてきて、だったらもう最初から手を入れてしまおうと思って手を加えて再掲載に踏み切ることにしました。
当時数人の方から割と詳細な感想をもらっていて、内容としては、後半の恋愛描写がしつこいよ、とか、アディックいいよ、とか、ルシアとラクスの個性ないよね、とかそんな感じでした。
第三者的立場から読み直して確かにそうだなぁ、当時はわからなかったなぁ、と感じるところもありつつ、でも後半の恋愛描写カットはできないなぁ、と思っていた中で、アディックめちゃくちゃいいキャラじゃん、と気付きました。
この作品は1回書き上がったものを最初から書き直しているのですが、アディックは書き直したときに追加したキャラで、特に何も考えずに出したキャラだったものの、複数の人からいいキャラだよと言ってもらっていて、当時はそんなものかなぁ、と思っていたのが読み直したら今の自分の心にヒットするキャラでした。
忠誠心が強くて実直で自分ができる範囲のことを精いっぱいやる人で、上司からも部下からも信頼も厚いというような、今の自分が好きなタイプのキャラでした。
まさか20年後の自分の心にクリティカルヒットなキャラだったとは想像もしていなくて、加筆修正中に楽しくなってきてアディックのエピソードを本編にかなり追加しました。元々第二部では登場するものの一言もしゃべっていなかったのですが、無理矢理会話をねじ込んだりもしました。
でも、本編に追加したエピソードに部下との絡みがなくて(本編のどこにも入る余地がなかった)、アディックの良さは部下とのやり取りの中で出てくるのに……と考えた結果、外伝を書きました。
本編から3年前の話で、書いていてただただ楽しかったです。
現時点で本編は完結済み、外伝は第二章まで公開していますが、第四章で完結するので数日中には公開します。
完全な自己満足ですが、気になる方がいたらこちらからどうぞ。
こちらが本編↓
https://ncode.syosetu.com/n2883hc/
こちらが外伝↓
https://ncode.syosetu.com/n7535hd/
2021年08月07日
クレーム対応のお手本に出会った話
娘が塾に通い始めてからバスによく乗るようになりました。
1ヶ月の利用料金は定期にするには少し足りないくらいの額なので、毎回ICカードで支払っています。
割と心配性な性格というのもあり、常に1000円以上チャージしておくことを心掛けています。
と、ここまでが前提。
ある日の塾帰り、バス乗車時にICカードで料金を支払って席に着いたところ、運転手から、
「最後に乗った人、料金不足ですよ。」
と指摘されました。
最後に乗ったのは確かに私でしたが、料金不足なんてあるのか?、5000円はチャージされていたはずだけど?、と疑問に思いつつ、名指しされたも同じなのだからと運転手の元に行きました。
それで再びICカードをタッチしたわけですが、
『このカードからは既に料金が支払われています』
という表示が出るだけで、残高が表示されず、現金で払ってくれと言われて、もしかしたらチャージ額が足りてなかった?、どこかで抜かれた?、というか払わないとバスが出発しないから払うしかないという状態になり、指定された不足額を払いました。
そして翌日。
チャージ額が数百円を切っているならチャージしないと不安だし、どこかで抜かれたなら履歴を確認しないといけないと思って、最寄り駅まで出かけて履歴を確認しました。
そうしたら、認識通り5000円程度チャージは残っていて、履歴を見たらバスの料金はキッチリ満額引かれていたわけです。
つまり、誰かの料金不足の分を私が現金で支払わされたということか、と。
これでムッカ――――――――ときまして。
その場でバス会社にクレームのメールを入れました。
私には何一つ後ろ暗いところはないし証拠もあるのだから正式な抗議をする権利があると、名前も住所も電話番号も全てさらした上で。
高々数百円が惜しいのではない、あのバスに乗っていた人たちに私は数百円もチャージしていないICカードを持ち歩いていて、しかも不足に気付かず席に着くような人で、バスの出発を遅らせた人だと思われたのが許せない、だからちゃんと謝ってほしい、と。
多分、運転手が私よりも前に乗った人の不足を見間違えたのだろうと思って、運転手教育をしっかりやってくれと。
それから数時間後、確認を取りたいからICカードの番号を教えてくれと連絡があり、すぐに返信して結果を待ちました。
それから数日後、結果報告が届きました。
バスのドライブレコーダーを確認し、運転手からの聞き取り調査も行い、計数機の調査を行い、結果余計な料金を徴収してしまってごめんなさい、というかなり丁寧な内容でした。
正直、ここまでキッチリ調査してくれるとは思っていなかったので、そこにまず驚きました。
高々数百円のことなので、運転が間違ってごめんねー同じことが起こらないように教育しますー余計に払った料金は返すから取に来てねーくらいの反省してるんだかどうだかわからないレベルの定型文メールがくるものだとばかり思っていたので、高々数百円でもここまでやってくれるんだ、と。
それで調査の結果、私を含めてICカードで支払った人に料金不足はいなかったが、私の数人前に乗った人が現金払いで、その人が払ったお金が計数機の中で硬貨詰まりを起こして料金不足が表示され(実際現金に関しても料金不足にはなっていなかった)、運転手は料金不足としか表示されていないから最後の人が不足しているんだろうと思い込んで私を指名した、ということでした。
私としては完全な運転手のヒューマンエラーだと思っていたのですが、硬貨詰まりを起こした計数機、誰が料金不足を起こしたかまでは表示されないシステム(料金不足が現金の方なのかICカードの方なのかもわからないらしい)、運転手の思い込み、といういろんなものが絡み合っての現象でした。
ドライブレコーダー調べたり、運転手から聞き取り調査をしたり、計数機のログを確認したり、これだけでかなりの手間がかかっているので、余計に払ってしまった数百円は返さなくてもいいです、ちゃんと謝ってもらったのでもう怒っていないです、と返信したのですが、そういうわけにはいかないということで、現金書留でお金は返ってきました。
確実に現金書留の手数料の方が高いのに、ここまでちゃんとクレーム対応してくれるのか、と本当にビックリしました。
2度と同じことを起こしてはいけないということなのだとは思いますが、これぞまさにクレーム対応のお手本だな、と感じる出来事でした。
1ヶ月の利用料金は定期にするには少し足りないくらいの額なので、毎回ICカードで支払っています。
割と心配性な性格というのもあり、常に1000円以上チャージしておくことを心掛けています。
と、ここまでが前提。
ある日の塾帰り、バス乗車時にICカードで料金を支払って席に着いたところ、運転手から、
「最後に乗った人、料金不足ですよ。」
と指摘されました。
最後に乗ったのは確かに私でしたが、料金不足なんてあるのか?、5000円はチャージされていたはずだけど?、と疑問に思いつつ、名指しされたも同じなのだからと運転手の元に行きました。
それで再びICカードをタッチしたわけですが、
『このカードからは既に料金が支払われています』
という表示が出るだけで、残高が表示されず、現金で払ってくれと言われて、もしかしたらチャージ額が足りてなかった?、どこかで抜かれた?、というか払わないとバスが出発しないから払うしかないという状態になり、指定された不足額を払いました。
そして翌日。
チャージ額が数百円を切っているならチャージしないと不安だし、どこかで抜かれたなら履歴を確認しないといけないと思って、最寄り駅まで出かけて履歴を確認しました。
そうしたら、認識通り5000円程度チャージは残っていて、履歴を見たらバスの料金はキッチリ満額引かれていたわけです。
つまり、誰かの料金不足の分を私が現金で支払わされたということか、と。
これでムッカ――――――――ときまして。
その場でバス会社にクレームのメールを入れました。
私には何一つ後ろ暗いところはないし証拠もあるのだから正式な抗議をする権利があると、名前も住所も電話番号も全てさらした上で。
高々数百円が惜しいのではない、あのバスに乗っていた人たちに私は数百円もチャージしていないICカードを持ち歩いていて、しかも不足に気付かず席に着くような人で、バスの出発を遅らせた人だと思われたのが許せない、だからちゃんと謝ってほしい、と。
多分、運転手が私よりも前に乗った人の不足を見間違えたのだろうと思って、運転手教育をしっかりやってくれと。
それから数時間後、確認を取りたいからICカードの番号を教えてくれと連絡があり、すぐに返信して結果を待ちました。
それから数日後、結果報告が届きました。
バスのドライブレコーダーを確認し、運転手からの聞き取り調査も行い、計数機の調査を行い、結果余計な料金を徴収してしまってごめんなさい、というかなり丁寧な内容でした。
正直、ここまでキッチリ調査してくれるとは思っていなかったので、そこにまず驚きました。
高々数百円のことなので、運転が間違ってごめんねー同じことが起こらないように教育しますー余計に払った料金は返すから取に来てねーくらいの反省してるんだかどうだかわからないレベルの定型文メールがくるものだとばかり思っていたので、高々数百円でもここまでやってくれるんだ、と。
それで調査の結果、私を含めてICカードで支払った人に料金不足はいなかったが、私の数人前に乗った人が現金払いで、その人が払ったお金が計数機の中で硬貨詰まりを起こして料金不足が表示され(実際現金に関しても料金不足にはなっていなかった)、運転手は料金不足としか表示されていないから最後の人が不足しているんだろうと思い込んで私を指名した、ということでした。
私としては完全な運転手のヒューマンエラーだと思っていたのですが、硬貨詰まりを起こした計数機、誰が料金不足を起こしたかまでは表示されないシステム(料金不足が現金の方なのかICカードの方なのかもわからないらしい)、運転手の思い込み、といういろんなものが絡み合っての現象でした。
ドライブレコーダー調べたり、運転手から聞き取り調査をしたり、計数機のログを確認したり、これだけでかなりの手間がかかっているので、余計に払ってしまった数百円は返さなくてもいいです、ちゃんと謝ってもらったのでもう怒っていないです、と返信したのですが、そういうわけにはいかないということで、現金書留でお金は返ってきました。
確実に現金書留の手数料の方が高いのに、ここまでちゃんとクレーム対応してくれるのか、と本当にビックリしました。
2度と同じことを起こしてはいけないということなのだとは思いますが、これぞまさにクレーム対応のお手本だな、と感じる出来事でした。
2021年08月02日
「MINERVAのお部屋」アーカイブ・中間報告
何人かの方からリクエストのあった「MINERVAのお部屋」アーカイブは裏で地道に作業をしています。
昔のデータはフロッピー保存だったりするので、外付けフロッピーディスクドライブを数年ぶりに引っ張り出したりもしました。
キュルキュル鳴るのが割とうるさいとか、読み込みの遅さとか懐かしいなぁ、と思いつつ。
それで破損データがなかったのはいいのですが……20年くらい前の自分の文章を改めて読み返して絶望しました。これでいいと思ってこの文章で出してたのか、と絶望しました。
1回アップロードした文章ってあまり読み返したりしないのですが、再掲載するのだから読み返さないわけにはいかないので読み返したらこれかよ、と。
一言で言うならいろいろ若い。悪い意味で若い。
愛蔵版コミックスとかのあとがきで、昔の絵が恥ずかしすぎて全て描き直したいと言っていた漫画家さんって何人も見たことがあるのですが、その気持ちが痛いほどわかりました。
どういうことを書いたのかという記憶自体はそれなりにあるのですが、こういう文章だったっけ?、と自らの記憶改ざんが恐ろしかったです。
ということで、そこまで手を入れる予定ではなかったレビューなどなど結構手を入れて直している最中です。
レイアウトもそのままはいけないので、もうしばらくお待ちください。
昔のデータはフロッピー保存だったりするので、外付けフロッピーディスクドライブを数年ぶりに引っ張り出したりもしました。
キュルキュル鳴るのが割とうるさいとか、読み込みの遅さとか懐かしいなぁ、と思いつつ。
それで破損データがなかったのはいいのですが……20年くらい前の自分の文章を改めて読み返して絶望しました。これでいいと思ってこの文章で出してたのか、と絶望しました。
1回アップロードした文章ってあまり読み返したりしないのですが、再掲載するのだから読み返さないわけにはいかないので読み返したらこれかよ、と。
一言で言うならいろいろ若い。悪い意味で若い。
愛蔵版コミックスとかのあとがきで、昔の絵が恥ずかしすぎて全て描き直したいと言っていた漫画家さんって何人も見たことがあるのですが、その気持ちが痛いほどわかりました。
どういうことを書いたのかという記憶自体はそれなりにあるのですが、こういう文章だったっけ?、と自らの記憶改ざんが恐ろしかったです。
ということで、そこまで手を入れる予定ではなかったレビューなどなど結構手を入れて直している最中です。
レイアウトもそのままはいけないので、もうしばらくお待ちください。

