志望校を決めるに当たって、やっぱり最初に気になるのが偏差値。
ただ、ネット検索で「中学受験 偏差値一覧」などで調べても、同じ学校なのに出てくる偏差値がバラバラで、これはどういうこと?、と最初は混乱しました。
中学受験の偏差値も高校受験みたいにおおよそ統一されていると思っていました。
大学受験のときも受験する模試によって多少上下はあるもののそこまで大きな差はないので、中学受験も似たようなものなのだろう、と思っていたら、全く違っていました。
また、ここ最近は高校募集をしない中学が増えているものの、高校募集をする学校もそれなりにあるのですが、高校の偏差値が60くらいあるのに中学は45みたいな学校も多々あって、これはどういうことなんだ?、というのも混乱する原因になっていました。
結局、何でそういうことが起こるのかといったら、各模試での受験者層が違うから。
中学受験は全小学生の中で25~30%がすると言われていますが、これは小学生の中で勉強ができる層が集まっているわけで、高校受験はその層が抜けた状態での争いとなっています。なので、同じ学校でも中学受験と高校受験では偏差値が15~20違ってくるのは当たり前、というのを初めて塾で聞かされたときは、なんだかすごい世界に足を踏み入れてしまったんだな、と感じました。
偏差値というのはあくまでその試験の受験者層の中でどの位置にいるかというのを示した相対評価、という大前提を改めて思い出させてもらいました。
それで、中学受験の中でも模試によって受験層がさらに細分化されて、それがバラバラの偏差値となって表れてくるわけです。
娘のレベルがどの辺りにいるのか、これはもう該当の模試を受験して偏差値を出して、その模試が提示している各学校の偏差値と照らし合わせるしか方法がありませんでした。
ちなみに、各模試の偏差値の出方はこんな感じでした。
首都圏模試
中学受験をする児童が1番多く受験すると言われている模試。
難易度は低めで、偏差値が68以上くらいになると上位陣が団子状態になって正確な志望校判定が出来なくなる。
中堅校以下を受験する子向け。
アタックテスト
Eゼミナールの内部模試。一部外部生も受験する。
難易度は首都圏模試よりもやや難しめで、首都圏模試-5くらいの偏差値が出る。
難関校の判定は割と正確になるものの、御三家に相当する最難関校の判定は難しい。
合不合判定テスト
四谷大塚が主宰する模試。
アタックテストで60以上をとると6年生の後半にこの模試を案内される。
難易度はわりと高めで、首都圏模試-12くらいの偏差値が出る。
最難関校の判定にも使える。
SAPIXオープン(合格力・学校別判定テスト)
SAPIXが主催する模試で、完全に最難関校を受験する子向け。
アタックテストで65以上、もしくは首都圏模試で70以上をとると5年生から案内される。
首都圏模試-20くらいの偏差値が出る。
首都圏模試とは逆に偏差値40以下が団子状態になるので、中堅校以下の受験には向かない。
各模試で難易度が全く違うので、首都圏模試で偏差値が70だったらSAPIXで50なのかといったら一概にそうとは言えなかったりもします。なので、本当にこれは実際受けてもらわないとわからない状態でした。
また、各学校の偏差値もそれぞれの模試で違うわけですが、例えば首都圏模試で栄東(埼玉の学校で、のべ1万人が受験することで有名)の難関大コースの偏差値は72で、東大特待コースは75と3しか違わないのですが、合不合判定テストだと難関大コース61、東大特待コース69と8も違っていたりします。
なので、いろんな模試を受けて、塾からのアドバイスを参考にしつつ娘の実力相応な模試はどれなのかを見極め、その模試でどの位置にいるかを把握しないといけない、というちょっとややこしいことが発生しました。
娘は最後の最後まで成績があまり安定しなくて、アタックテストで60~70の間で、平均すると65くらいの成績でした。でも、合不合判定テストは比較的安定して52~58くらいだったり、5年生まで受けていた首都圏模試では65~70くらいだったり、受ける模試によって安定感も変わりました。
ただ、塾に入って最初にアタックテストを受けたときの偏差値は58で、最終的によく伸びたものだとは思いました。4年生の終盤くらいまでは60代前半をウロウロしていましたが、5年生になったくらいの頃に社会でキッチリ点が取れるようになって一気に65くらいまで上がりました。
なんやかんや塾で勉強していなかったら志望校に合格することは不可能だったと思います。
また、塾の先生からは再三再四に渡って「偏差値で一喜一憂するな」という話をされたのですが、でもやっぱり一喜一憂してしまうのが人というもので、とりあえず娘には偏差値が高かったら誉めて、低かったら残念だったけど次頑張ろうという話をしていました。
偏差値が低かったからといって娘を責めてはいけない、ということだけは徹底ししました。
最終的に合格できるかどうかは過去問でどれだけ点数が取れるかであって、模試の偏差値で合格率80%が出ても落ちるときは落ちます。特に、難易度低めの模試でいくら高偏差値が出たからといって最難関校に合格できるとは言えません。
娘の場合も、アタックテストで偏差値71が出たときはほぼ全ての学校の合格率が80%を越えましたが、実際過去問で点数が出なかった学校は落ちました。
5年生まではとりあえず首都圏模試の受験を勧められるのですが、これは受験当日の雰囲気を早いうちから体験しておくことが目的みたいなところがありました。
首都圏模試では70以上をとるとSAPIXオープンを勧められて受験してみましたが、偏差値は48でした。Eゼミナールでトップクラスでも、SAPIXの中では平均以下なのか、と改めてSAPIXのレベルの高さを思い知らされました。
そんな感じだったので、御三家や新御三家は合格可能性が低いので、その少し下辺りで志望校を探すことにしました。
2024年05月09日
2024年04月05日
中学受験日記②~塾選びの結果~
ゴリゴリの受験勉強ではなく、それなりの場所を目指してのほどほど受験をしようと選んだ塾はEゼミナールだったのですが、ふたを開けてみたら結構ゴリゴリの受験塾でした。
難関中学受験と言えばSAPIX、それに続くのが早稲田アカデミー、四谷大塚、日能研、というのは塾に入ってから知ったことでしたが、これらの塾は基本的に難関校以上の受験向きで、Eゼミナールは中堅校の受験もしっかりカバーしていきますよ、という感じでした。
Eゼミナールのコンセプトは「自分の第一志望に合格しよう」というものでしたし、難関校以上を目指すなら難関選抜ゼミというのに参加していくことになるので、幅広い層をカバーしてくれていました。
娘の塾選びの段階では、ほどほど受験が出来る大手塾がいいだろう、くらいの感覚でとりあえず無料授業を受けてみた感じでしたが、最終的にそのまま最後まで居続けることになりました。
結果的に、塾選びは正解でした。
それもこれも、先生との相性が良かったこと、クラスメイトに恵まれたこと、これが大きかったです。
特にクラスメイトに関しては、4年生スタート時は3人しかいなかったものの、娘とほぼ同じか少し上の実力の男の子(Aくん)がいて、最後の最後までいいライバル関係でした。
志望校がほぼ被らないという意味で異性であったことも大きかったですし、学校で接する男子とは別格に頭がいい&礼儀正しいというのがあり、この子がいたから塾に通う意義を見出しているんだろうなぁ、とはずっと思っていました。
他の大手塾だったら、Aくんがいなかったら、続いていなかったかもしれない、と思うこともありました。
そんな感じでほどほど受験をするつもりで塾には楽しく通っていたわけですが、それなりの成績を取っていると自然と難関中学受験に向けた流れに巻き込まれて行っていました。
Eゼミナールでは、塾内模試の偏差値で既定値以上になると難関選抜ゼミというものに招待されます。
コピー用紙に印刷したものとはいえ、「あなたは規定以上の成績となったので難関選抜ゼミに招待します」と書かれた認定証を渡されたら、参加したくなるのが人というもの。
一応娘に確認すると即答で参加したいという返答だったので、なんやかんやで4年生からずっとこのゼミに参加することになっていました。
この辺りで、結構なゴリゴリ受験になるのではないか、と感じ始めていました。
難関選抜ゼミは普段通っている教室とはまた別の場所の大きめな教室で行われるのですが、周りの親を見てみると、受験に対する意気込みみたいなのがオーラとして見えてくる感じすらありました。普段の塾と比べて雰囲気そのものが何か違う、という。
ただ、この難関選抜ゼミに参加したことにより、難関中学受験に向けた勉強はしっかりできていた感じがして、SAPIXのレベルまでとはいかなくとも、他の3大手塾と同等レベルの学びは得られたように感じました。やはり大手なだけあって、上位層もキッチリカバーしてくれるのだな、と。
なお、難関ゼミの上には最難関ゼミというものもありましたが、これについて娘は国語の偏差値が足らなくて(基準は総合偏差値63以上、国語58以上)参加できませんでした。
最難関ゼミの場合、国語以外の科目でも読解力が必要ということなのだと思います。
この最難関ゼミに参加できるような子の場合、Eゼミナールでも御三家に合格したりします。
最終的には、なんやかんやで御三家に行くとなったらSAPIXが圧倒的になるかとは思うのですが、それよりも少し下の難関中学レベルだったらEゼミナールで十分だった、と感じました。
Eゼミナールに在籍していて1番恩恵があったのは、最難関ではなく難関中学に行くくらいのレベルでも塾内模試でトップ層に食い込めること、でした。これにより、娘の自己肯定感が高められていたように感じました。
春・夏・冬の集中講座の後は塾内模試の上位200名くらいが全教室に貼り出されるのですが、娘はその中に常に入っていたものの(もちろんAくんも)、そのレベルでもSAPIXのオープン模試では真ん中くらいの成績になるので(6000人中3000位くらい)、これだけ頑張っているのに真ん中くらいの成績?、となるより、きっちり上位に入っている方がやる気にもつながっていたかな、と。
6年生の夏前になると、いきなり中学受験をさせることにした親によって無理矢理入塾させられた子、SAPIXなどの大手塾から転塾してくる子、などがいるとか、全員が全員受験に対するモチベーションが高いわけではないので、娘からするともっとみんな緊張感を持ってほしいと思う部分もあったりして、そのあたりはやっぱりSAPIXでは違うのだろうな、と思う部分もありました。
そもそもEゼミナールは少人数制ですし、娘が通っていた場所は成績別にクラス分けされるほど人がいなかったので、全レベルの子たちが集まってしまうという少人数制の悪い部分も感じていました。
そんな感じでマイナス面もあるにはありましたが、トータルすると塾選びは成功だったと感じています。
難関中学受験と言えばSAPIX、それに続くのが早稲田アカデミー、四谷大塚、日能研、というのは塾に入ってから知ったことでしたが、これらの塾は基本的に難関校以上の受験向きで、Eゼミナールは中堅校の受験もしっかりカバーしていきますよ、という感じでした。
Eゼミナールのコンセプトは「自分の第一志望に合格しよう」というものでしたし、難関校以上を目指すなら難関選抜ゼミというのに参加していくことになるので、幅広い層をカバーしてくれていました。
娘の塾選びの段階では、ほどほど受験が出来る大手塾がいいだろう、くらいの感覚でとりあえず無料授業を受けてみた感じでしたが、最終的にそのまま最後まで居続けることになりました。
結果的に、塾選びは正解でした。
それもこれも、先生との相性が良かったこと、クラスメイトに恵まれたこと、これが大きかったです。
特にクラスメイトに関しては、4年生スタート時は3人しかいなかったものの、娘とほぼ同じか少し上の実力の男の子(Aくん)がいて、最後の最後までいいライバル関係でした。
志望校がほぼ被らないという意味で異性であったことも大きかったですし、学校で接する男子とは別格に頭がいい&礼儀正しいというのがあり、この子がいたから塾に通う意義を見出しているんだろうなぁ、とはずっと思っていました。
他の大手塾だったら、Aくんがいなかったら、続いていなかったかもしれない、と思うこともありました。
そんな感じでほどほど受験をするつもりで塾には楽しく通っていたわけですが、それなりの成績を取っていると自然と難関中学受験に向けた流れに巻き込まれて行っていました。
Eゼミナールでは、塾内模試の偏差値で既定値以上になると難関選抜ゼミというものに招待されます。
コピー用紙に印刷したものとはいえ、「あなたは規定以上の成績となったので難関選抜ゼミに招待します」と書かれた認定証を渡されたら、参加したくなるのが人というもの。
一応娘に確認すると即答で参加したいという返答だったので、なんやかんやで4年生からずっとこのゼミに参加することになっていました。
この辺りで、結構なゴリゴリ受験になるのではないか、と感じ始めていました。
難関選抜ゼミは普段通っている教室とはまた別の場所の大きめな教室で行われるのですが、周りの親を見てみると、受験に対する意気込みみたいなのがオーラとして見えてくる感じすらありました。普段の塾と比べて雰囲気そのものが何か違う、という。
ただ、この難関選抜ゼミに参加したことにより、難関中学受験に向けた勉強はしっかりできていた感じがして、SAPIXのレベルまでとはいかなくとも、他の3大手塾と同等レベルの学びは得られたように感じました。やはり大手なだけあって、上位層もキッチリカバーしてくれるのだな、と。
なお、難関ゼミの上には最難関ゼミというものもありましたが、これについて娘は国語の偏差値が足らなくて(基準は総合偏差値63以上、国語58以上)参加できませんでした。
最難関ゼミの場合、国語以外の科目でも読解力が必要ということなのだと思います。
この最難関ゼミに参加できるような子の場合、Eゼミナールでも御三家に合格したりします。
最終的には、なんやかんやで御三家に行くとなったらSAPIXが圧倒的になるかとは思うのですが、それよりも少し下の難関中学レベルだったらEゼミナールで十分だった、と感じました。
Eゼミナールに在籍していて1番恩恵があったのは、最難関ではなく難関中学に行くくらいのレベルでも塾内模試でトップ層に食い込めること、でした。これにより、娘の自己肯定感が高められていたように感じました。
春・夏・冬の集中講座の後は塾内模試の上位200名くらいが全教室に貼り出されるのですが、娘はその中に常に入っていたものの(もちろんAくんも)、そのレベルでもSAPIXのオープン模試では真ん中くらいの成績になるので(6000人中3000位くらい)、これだけ頑張っているのに真ん中くらいの成績?、となるより、きっちり上位に入っている方がやる気にもつながっていたかな、と。
6年生の夏前になると、いきなり中学受験をさせることにした親によって無理矢理入塾させられた子、SAPIXなどの大手塾から転塾してくる子、などがいるとか、全員が全員受験に対するモチベーションが高いわけではないので、娘からするともっとみんな緊張感を持ってほしいと思う部分もあったりして、そのあたりはやっぱりSAPIXでは違うのだろうな、と思う部分もありました。
そもそもEゼミナールは少人数制ですし、娘が通っていた場所は成績別にクラス分けされるほど人がいなかったので、全レベルの子たちが集まってしまうという少人数制の悪い部分も感じていました。
そんな感じでマイナス面もあるにはありましたが、トータルすると塾選びは成功だったと感じています。
2024年03月08日
中学受験日記①~あれから2年~
「中学受験カルチャーショック」(前編)(後編)で3年生の2月に入塾してから約1年後までの話は書いていたのですが、5年生以降は受験が終わってからまとめて書こうと思っていたので、今になっての公開となりました。
4年生の2月から5年生のカリキュラムに入るわけですが、ここから受験で必要になる勉強が本格的にスタートします。4年生まではあくまで助走、ここからが本番で、中学受験をするなら遅くともこのタイミングから塾に通い始めないとダメだというのは受験が終わった今だからこそ言えますが、本当の話でした。
もう、中学受験で必要な知識のレベルが公立の高校受験で必要なレベルより遥かに上でした。
例えば、算数(数学)では連立方程式とか二次関数とかそもそも中学生にならないと学ばない分野の問題は出ませんが、面積や体積、図形の切断、水溶液、食塩水などの問題は、高校受験でもこのレベルの問題は出題されなかったよ、くらいの問題がゴロゴロありました。社会の日本史や理科の生物は高校で習ったレベルの問題でした。
これを6年生の夏前までに詰め込まないといけないのであれば、確かに4年生の2月からでギリだな、と。余裕を持つならやっぱり3年生の2月、となります。
たまに受験期になるとネット記事で、6年生の9月でいきなり受験したいと子供が言い出して、やらせてみたら合格できました、みたいな記事が出たりしますが、まず無理です。ものすごく勘のいい子が中堅校に合格するくらいなら可能かもしれませんが、それ以上は本当に不可能だと断言していいです。それだけ本当に覚えなければいけないことが多すぎました。
では、4年生の2月から始めれば間に合うのかというと、これもまた難しいと感じました。
5年生カリキュラムになった途端に宿題量がほぼ倍になるので、4年生の段階でそれなりの宿題量をこなすこと、毎日2~3時間は机に向かって勉強することが習慣化されていないと、いきなり大量の宿題を出されて心が折れます。
なぜ中学受験をするなら4年生からなのか、先人たちの経験が活かされた結果の言葉なのだと実感しました。
そして、受験勉強が頑張れない子は5年生の夏で脱落する、というのも実際にそういう子がいて、本当にあるんだ、とそれなりにビックリしました。
親の立場として、5年生の夏までには子供がちゃんと中学受験をするんだという意欲を持たせないといけない、意義を見出させないといけない、理由は何だっていい、例えば制服がかわいいとか、部活に入りたいとか、何なら公立中学に行きたくないでもいい、とにかく中学受験を自ら望んでするんだと思わないといけない、と言われたのをすごく覚えているのですが、受験を止めてしまった子は確かに受験の意義を見出せなかった、という理由で止めていっていました。
今だから言えますが、娘の小学校でのクラスは4年生のときから半ば学級崩壊していて、まともに勉強できる環境にありませんでした。公立の小中は動物園だという極端なたとえ話があったりしますが、事実娘の小学校はそんな感じでした。5年生のときから緊急保護者会が数回開催されるレベルで荒れていました。
そんな環境にいたので、娘は志望校が決定する前までは、静かにちゃんと勉強できる環境で勉強したい、ということを受験勉強へのモチベーションにしていました。
受験勉強でくじけそうになった時、偏差値が高い学校であればあるほど授業中は静かだし、もし受験に失敗して公立に行くことになったら他の小学校と合流するにしても受験組が抜けた状態のクラスになるから環境はもっと悪くなる、それだけは避けようだから頑張ろう、というのを事ある毎に言っていました。
そうして進級した6年生。ここまでくると、もう休みなく勉強する毎日でした。
10月にインフルエンザに罹ってしまったとき以外、丸1日勉強しなかった、という日はなかったです。
7月までに全カリキュラムを終了し、夏休みで最後の基礎固めを行い、9月からは過去問演習と模試の日々でした。
そんな中学受験に向けた3年間を過ごしてきたということで、次回からはいろんな角度から中学受験を振り返ってみようと思います。
4年生の2月から5年生のカリキュラムに入るわけですが、ここから受験で必要になる勉強が本格的にスタートします。4年生まではあくまで助走、ここからが本番で、中学受験をするなら遅くともこのタイミングから塾に通い始めないとダメだというのは受験が終わった今だからこそ言えますが、本当の話でした。
もう、中学受験で必要な知識のレベルが公立の高校受験で必要なレベルより遥かに上でした。
例えば、算数(数学)では連立方程式とか二次関数とかそもそも中学生にならないと学ばない分野の問題は出ませんが、面積や体積、図形の切断、水溶液、食塩水などの問題は、高校受験でもこのレベルの問題は出題されなかったよ、くらいの問題がゴロゴロありました。社会の日本史や理科の生物は高校で習ったレベルの問題でした。
これを6年生の夏前までに詰め込まないといけないのであれば、確かに4年生の2月からでギリだな、と。余裕を持つならやっぱり3年生の2月、となります。
たまに受験期になるとネット記事で、6年生の9月でいきなり受験したいと子供が言い出して、やらせてみたら合格できました、みたいな記事が出たりしますが、まず無理です。ものすごく勘のいい子が中堅校に合格するくらいなら可能かもしれませんが、それ以上は本当に不可能だと断言していいです。それだけ本当に覚えなければいけないことが多すぎました。
では、4年生の2月から始めれば間に合うのかというと、これもまた難しいと感じました。
5年生カリキュラムになった途端に宿題量がほぼ倍になるので、4年生の段階でそれなりの宿題量をこなすこと、毎日2~3時間は机に向かって勉強することが習慣化されていないと、いきなり大量の宿題を出されて心が折れます。
なぜ中学受験をするなら4年生からなのか、先人たちの経験が活かされた結果の言葉なのだと実感しました。
そして、受験勉強が頑張れない子は5年生の夏で脱落する、というのも実際にそういう子がいて、本当にあるんだ、とそれなりにビックリしました。
親の立場として、5年生の夏までには子供がちゃんと中学受験をするんだという意欲を持たせないといけない、意義を見出させないといけない、理由は何だっていい、例えば制服がかわいいとか、部活に入りたいとか、何なら公立中学に行きたくないでもいい、とにかく中学受験を自ら望んでするんだと思わないといけない、と言われたのをすごく覚えているのですが、受験を止めてしまった子は確かに受験の意義を見出せなかった、という理由で止めていっていました。
今だから言えますが、娘の小学校でのクラスは4年生のときから半ば学級崩壊していて、まともに勉強できる環境にありませんでした。公立の小中は動物園だという極端なたとえ話があったりしますが、事実娘の小学校はそんな感じでした。5年生のときから緊急保護者会が数回開催されるレベルで荒れていました。
そんな環境にいたので、娘は志望校が決定する前までは、静かにちゃんと勉強できる環境で勉強したい、ということを受験勉強へのモチベーションにしていました。
受験勉強でくじけそうになった時、偏差値が高い学校であればあるほど授業中は静かだし、もし受験に失敗して公立に行くことになったら他の小学校と合流するにしても受験組が抜けた状態のクラスになるから環境はもっと悪くなる、それだけは避けようだから頑張ろう、というのを事ある毎に言っていました。
そうして進級した6年生。ここまでくると、もう休みなく勉強する毎日でした。
10月にインフルエンザに罹ってしまったとき以外、丸1日勉強しなかった、という日はなかったです。
7月までに全カリキュラムを終了し、夏休みで最後の基礎固めを行い、9月からは過去問演習と模試の日々でした。
そんな中学受験に向けた3年間を過ごしてきたということで、次回からはいろんな角度から中学受験を振り返ってみようと思います。
2021年12月27日
新作小説を書きました
約20年ぶりくらいにオリジナル小説を書きました。
今年の夏くらいに「MINERVAのお部屋・アーカイブ」のためのデータをフロッピーから引っ張り出していたとき、半分以上内容を忘れていた自作小説を目にして、どういう話だったったけ?、と読み返したら猛烈に書き直したい欲求が出てきたのが全ての始まりでした。だったらいっそ全部見直して公開しよう、と「EverGreen」に改題して、読みやすいようにと小説家になろうのページで公開しました。
そのときに、猛烈にアディックが主人公の話が書きたいと思って短編を書いたのですが、まだ何かが書きたいという欲求が収まらなかったので、だったら今更だけど新作を書いてみよう、となりました。
それで内容はどうしようかと考えたとき、20年以上前にワープロで一通り書き上げたものの結局公開しなかった話を思い出して、それをベースに一から書き直そう、と思い立ちました。
元々は「RPGツクール2」用に書いたシナリオで、それをベースにいざゲームを作ろうとなったときに地図を作る段階で行き詰って、そのままになっていました。
ただ、書き直そうにもワープロのデータはフロッピーごと失くしていて、登場人物の名前すら思い出せない上に、いくつかのイベントは覚えているけど結末も忘れている、という状態でだったので、基本設定のみ活かして別の話になる感じで1000文字程度のプロットを作成しました。
それをベースに書き進めたのですが、プロット通りに行ったのは序盤のみで、中盤以降は全く別展開になった上に結末もガラッと変わりました。ギャルゲーの別ルートヒロインくらい違っていて、よくもここまで変わるものだな、と自分でも不思議になるくらいでした。
RPG用のシナリオだったので、ベタに剣士と魔法使いが冒険する話で、バランス調整とか難しいから序盤からレベル99で無双しながら旅をすることにしよう、というスタート地点は変わらなかったのですが、2章中盤くらいからもうプロットと展開は変わっていました。
そんな感じで書いていったわけですが、長編を最初から書くのが久しぶり過ぎて書き上げるまでは結構大変でした。
一旦書き上げたものは序盤と終盤で矛盾する設定とかいろいろ出てしまうので、それをちまちま調整していく作業が1番好きなのですが、夢中になりすぎて睡眠時間が減ったりして日常生活に支障が出そうになったので、しばらく小説を書くのはやめておこうと思いました。
とりあえず、小説を書きたい欲求が満たされたというのもありますし。
そんな感じで書き上げたものはこちらで公開しています。
「Worldend Odyssey」
https://ncode.syosetu.com/n6967hi/
今年の夏くらいに「MINERVAのお部屋・アーカイブ」のためのデータをフロッピーから引っ張り出していたとき、半分以上内容を忘れていた自作小説を目にして、どういう話だったったけ?、と読み返したら猛烈に書き直したい欲求が出てきたのが全ての始まりでした。だったらいっそ全部見直して公開しよう、と「EverGreen」に改題して、読みやすいようにと小説家になろうのページで公開しました。
そのときに、猛烈にアディックが主人公の話が書きたいと思って短編を書いたのですが、まだ何かが書きたいという欲求が収まらなかったので、だったら今更だけど新作を書いてみよう、となりました。
それで内容はどうしようかと考えたとき、20年以上前にワープロで一通り書き上げたものの結局公開しなかった話を思い出して、それをベースに一から書き直そう、と思い立ちました。
元々は「RPGツクール2」用に書いたシナリオで、それをベースにいざゲームを作ろうとなったときに地図を作る段階で行き詰って、そのままになっていました。
ただ、書き直そうにもワープロのデータはフロッピーごと失くしていて、登場人物の名前すら思い出せない上に、いくつかのイベントは覚えているけど結末も忘れている、という状態でだったので、基本設定のみ活かして別の話になる感じで1000文字程度のプロットを作成しました。
それをベースに書き進めたのですが、プロット通りに行ったのは序盤のみで、中盤以降は全く別展開になった上に結末もガラッと変わりました。ギャルゲーの別ルートヒロインくらい違っていて、よくもここまで変わるものだな、と自分でも不思議になるくらいでした。
RPG用のシナリオだったので、ベタに剣士と魔法使いが冒険する話で、バランス調整とか難しいから序盤からレベル99で無双しながら旅をすることにしよう、というスタート地点は変わらなかったのですが、2章中盤くらいからもうプロットと展開は変わっていました。
そんな感じで書いていったわけですが、長編を最初から書くのが久しぶり過ぎて書き上げるまでは結構大変でした。
一旦書き上げたものは序盤と終盤で矛盾する設定とかいろいろ出てしまうので、それをちまちま調整していく作業が1番好きなのですが、夢中になりすぎて睡眠時間が減ったりして日常生活に支障が出そうになったので、しばらく小説を書くのはやめておこうと思いました。
とりあえず、小説を書きたい欲求が満たされたというのもありますし。
そんな感じで書き上げたものはこちらで公開しています。
「Worldend Odyssey」
https://ncode.syosetu.com/n6967hi/
2021年12月08日
中学受験カルチャーショック(後編)
中学受験塾に通い始めて半年。
夏休みがやってきました。
春期講習があるのだから夏期講習はもちろんあるわけですが、4年生なのだから夏休みの半分くらい塾に行くことになるのかな、くらいに考えていました。
そうしたら、基本となる夏期講習の他に、特訓講座とか成績優秀者のみ参加できる講座とかいろいろなオプションが出てきて、全て受けたら夏休みの予定がほぼ埋まってしまう、という状態になりました。
それに加えて宿題もガッツリ出され、4年生だったら夏休みでトータル300時間は勉強してください、と言われて結構な絶望感を味わいました。
どう計画を立てても1日5~6時間は勉強しないといけないのに加え、毎日何を何時間勉強したのかという記録を提出させられる、という逃げようのない仕組みが用意されていて、とてもじゃないけど遊んでいられる余裕などない、むしろ学校の宿題にかけられる時間すらほとんどない、ということがわかりました。
ここにきて、学校の夏休みの宿題代行を業者に頼むのは中学受験をする家庭が多い、という意味がようやく理解できました。塾で膨大なカリキュラムが用意されているのに、学校レベルの問題を解いている時間はない、ということなのだと。
ただ、我が家は学校の宿題もちゃんとやる、ということにしているので、ドリルを2日、読書感想文を1日、その他を3日くらいでやり切って他はほとんど塾の勉強をしていました。
4年生でこんななのに、6年生になったらどうなるの?、と怯えつつ。
そんな感じで塾通いをしていて、娘の成績は御三家に行けるほどではないけどそれなりの難関中学には行けるだろう、くらいの感じになっています。
そういう子に対して塾は結構手厚い感じで、難関受験用の特別講座があるからどうですか、みたいな案内が結構来ます。(カモられてるんだろうなぁ、とも思いつつ)
御三家に何十人も送り出すような第一戦級の塾なら娘のレベルでここまで手厚くしないだろうな、と思うところもあり、娘は誉められるとやる気を出すタイプなので、娘に合った塾だったんだなと思っています。
娘も娘で、難関講座を案内される成績なんだ→私出来る→やってみたい、という流れで基本的には案内された講座には全参加しています。
それに付随して保護者セミナーみたいなのもあって、私も私で難関校受験ってどんな感じなんだろう、と思って参加してみたりしました。
そこで聞かされたのは想像以上の世界でした。
・中学受験をするのは全小学生の内で25%くらい。
・基本的に4年生から受験勉強を始める子が多いが、どんなに遅くとも5年生の春には始めないとまず間に合わないので、この時期におおよその受験生の数が決まる。
・ドラマとかであるような、6年生から受験勉強して難関中学に受かるなんてまずありえない。
・受験勉強を頑張れない子は5年生の夏休みで脱落する。ここを乗り越えたら大抵の子は受験本番まで行ける。
・中学受験は受験生全員が必死になって頑張っているので、6年生になって偏差値が劇的に上がることはまずない。
と、こんな感じの話。
マジコワイ。
中学受験マジコワイ。
中学受験を辞める選択肢はないけど、すごい世界に足を踏み入れてしまったな、と感じました。
夏休みがやってきました。
春期講習があるのだから夏期講習はもちろんあるわけですが、4年生なのだから夏休みの半分くらい塾に行くことになるのかな、くらいに考えていました。
そうしたら、基本となる夏期講習の他に、特訓講座とか成績優秀者のみ参加できる講座とかいろいろなオプションが出てきて、全て受けたら夏休みの予定がほぼ埋まってしまう、という状態になりました。
それに加えて宿題もガッツリ出され、4年生だったら夏休みでトータル300時間は勉強してください、と言われて結構な絶望感を味わいました。
どう計画を立てても1日5~6時間は勉強しないといけないのに加え、毎日何を何時間勉強したのかという記録を提出させられる、という逃げようのない仕組みが用意されていて、とてもじゃないけど遊んでいられる余裕などない、むしろ学校の宿題にかけられる時間すらほとんどない、ということがわかりました。
ここにきて、学校の夏休みの宿題代行を業者に頼むのは中学受験をする家庭が多い、という意味がようやく理解できました。塾で膨大なカリキュラムが用意されているのに、学校レベルの問題を解いている時間はない、ということなのだと。
ただ、我が家は学校の宿題もちゃんとやる、ということにしているので、ドリルを2日、読書感想文を1日、その他を3日くらいでやり切って他はほとんど塾の勉強をしていました。
4年生でこんななのに、6年生になったらどうなるの?、と怯えつつ。
そんな感じで塾通いをしていて、娘の成績は御三家に行けるほどではないけどそれなりの難関中学には行けるだろう、くらいの感じになっています。
そういう子に対して塾は結構手厚い感じで、難関受験用の特別講座があるからどうですか、みたいな案内が結構来ます。(カモられてるんだろうなぁ、とも思いつつ)
御三家に何十人も送り出すような第一戦級の塾なら娘のレベルでここまで手厚くしないだろうな、と思うところもあり、娘は誉められるとやる気を出すタイプなので、娘に合った塾だったんだなと思っています。
娘も娘で、難関講座を案内される成績なんだ→私出来る→やってみたい、という流れで基本的には案内された講座には全参加しています。
それに付随して保護者セミナーみたいなのもあって、私も私で難関校受験ってどんな感じなんだろう、と思って参加してみたりしました。
そこで聞かされたのは想像以上の世界でした。
・中学受験をするのは全小学生の内で25%くらい。
・基本的に4年生から受験勉強を始める子が多いが、どんなに遅くとも5年生の春には始めないとまず間に合わないので、この時期におおよその受験生の数が決まる。
・ドラマとかであるような、6年生から受験勉強して難関中学に受かるなんてまずありえない。
・受験勉強を頑張れない子は5年生の夏休みで脱落する。ここを乗り越えたら大抵の子は受験本番まで行ける。
・中学受験は受験生全員が必死になって頑張っているので、6年生になって偏差値が劇的に上がることはまずない。
と、こんな感じの話。
マジコワイ。
中学受験マジコワイ。
中学受験を辞める選択肢はないけど、すごい世界に足を踏み入れてしまったな、と感じました。

