1月10日から埼玉受験がスタートし、1月20日からは千葉受験、2月1日から東京・神奈川受験、2月5日くらいでほぼ全ての学校の合否が出るので、この期間が受験期間になります。
試験結果は早ければその日の夜、遅くとも翌日の朝には出るというスピード勝負で(埼玉受験は2日後などもアリ)、各学校で3回くらい受験機会を設けているというのもあり、受験日が被っていても複数の学校に出願しておいて、合否を確認してから翌日どこの学校を受験するのか決める、というのが一般的な流れです。
埼玉受験はそこまで各学校の日程が被らないのでスケジュールが決めやすいですが、東京受験は2月1日がメイン(第一志望がこの日だという受験生が圧倒的に多い)、2日以降は1日に合格しなかった人たちが行く、というパターンが多いので、1日に合格が取れていれば2日以降は偏差値的にちょっと難しいチャレンジ校を受験するし、取れなかったら確実に合格できる安全校を受験しに行く、というスケジュールになりやすいです。
娘は2月1日の時点で第一志望が取れていたので、2日以降はもうチャレンジ校ばかり受験していました。
合格が取れればもう受験をしに行かなくてもいいのですが、今まで面倒を見てくれた塾への恩返しとして合格実績をプレゼントするという意味合いで受験しに行っていた部分もありました。
まぁ、結果としてチャレンジ校は全滅で、過去問でキッチリ点数が取れていた実力相応校とか安全校でキッチリ合格が取れたので、本当に偏差値通りに合格した感じでした。
なお、この受験期間中、小学校を全休していたという人はクラスで5人くらいいたらしです。
娘の場合は埼玉と東京の受験期間は合格を取っているから行かなくていい日が出たとしても休ませる、埼玉受験と東京受験の間の約2週間は登校、ということにしていましたが、東京受験の数日前に隣のクラスがインフルエンザで学級閉鎖になった、という情報が出た後は、受験が終わるまで休ませた、というのはありました。
ネットで受験の体験記を読んでいると、入学したいと思える学校しか受験しないから1月の埼玉受験には参加しません、背水の陣で挑んだら合格できました、みたいな記事も結構見かけたりするのですが、個人的には日程の許す限り多くの学校を受験しておいた方がいい、と思いました。
就職活動のときの面接慣れみたいなもので、何度も受験することで雰囲気に慣れてきて緊張しなくなることもありますし、たとえ通うつもりがない学校でも合格を取っていることが安心感になったりしました。
塾の先生からも、絶対に埼玉受験はしておくべき、と言われました。
あと、そこまで数は多くないようですが、全落ちして公立に行くことになってしまうという人も中にはいて、そういう人たちは背水の陣で挑むタイプの人たちが多いようです。
受験当日の朝、電車の中はもう受験生だらけでした。
受験生本人の他にもれなく親がついて来るので、大規模校ともなると数千人が一気に移動していくことになります。基本的に受験生本人しか参加しない高校受験や大学受験よりも人の密度は高いと感じました。
埼玉県の日本一受験生が多いと言われる学校の受験もしましたが、電車の中は身動きが取れないレベルで混みましたし、学校の最寄り駅に着いてからは学校まで大行列ができていて、こんなに受験生がいるんだ、といろいろ圧倒されました。
また、意外と父親が連れてきているという家庭があって、受験日は平日だけど有給取って連れてきているのだろうなぁ、と驚く部分もありました。おおよそ9割は母親、1割が父親という感じでしたが。
おそらくどこかのホテルに前泊しているだろう旅行カートを引いている人とかもいました。
かつては受験校の前で各塾の先生たちがのぼりを掲げて受験生を応援するというのがある種の名物だったようですが、コロナ禍を経て各塾で応援は出さないという方針になったらしいです。
娘の受験のときにはコロナ禍が明けていましたが、みんなマスクを着けていましたし。
受験生を会場に送り届けると、親は控室のある学校では控室で待ち、ない場合は駅周辺や少し離れた駅で試験が終わるのをひたすら待ちます。
このとき、人生で初めて緊張しすぎて吐きそうになる、という経験をしました。
元々緊張する方ではありましたが、自分の受験のときは手応えとか自分で分かるのでそこまで試験結果が気にならなかったのですが、娘の場合は自分で分からないが故に気が気ではなくて緊張がピークになり、吐きそうになりました。
あぁ、緊張して吐くってこういう気分なのか、と。
控室については学校によって対応が様々で、空き教室に通されるパターン、講堂に集められるパターン、体育館に集められるパターン、などいろいろありましたが、学校によっては外気温よりも寒いレベルの場所で地獄だったり、逆に暖房が強すぎて暑かったりすることもありました。
某女子校では、保護者控室はあるけど使用できるのは8:30からなので(受験開始は8:10くらいからで学校には7:30くらいに着く)、控室を使いたかったら8:30になったらまた来てね、という告知があったりして、本当に学校によっていろいろ違うなぁ、と感じました。
控室がないパターンの学校では近隣のネットカフェで過ごしていたのですが、このタイミングで「二月の勝者」を読んでみよう、と思って一通り最新刊まで読んだのですが、わかりみがすごかったです。
作者は本当に中学受験のことを徹底的に調べて描いているんだな、というのがわかりました。
以前ドラマ版は一通り見ましたが、最後の合格発表の辺りは塾生がほぼほぼ第一志望の学校に合格していてちょっと都合が良すぎると思ったのですが、原作では手応えのあった学校に落ちたとか、一緒の学校に行こうと頑張っていた女の子の片方だけ落ちたとか、その辺り結構リアリティがあって引き込まれました。
合格発表の前日の夜などなかなか寝付けない&眠りが浅くて真夜中に起きる、という経験をしました。
そして、合格発表当日。
今はほとんどネットでの発表で、合格の文字が見えたときは親子で抱き合いながら大騒ぎになりました。
発表を見る直前は、これまで3年かけてきた時間とお金に意味があったのかを問われている感じもして、ものすごく手が震えましたし、やはり吐きそうになりました。
割と受験の序盤で合格がもらえたので、以降の受験は親も子も割とリラックスした状態で臨めました。
最終的に6校受験して3校合格(試験自体は9回受けた)という結果となりました。
2024年09月11日
2024年08月10日
中学受験日記⑥~親の役割~
中学受験は人生で最後の子供との共同作業だ、という受験格言のようなものがありますが、これはまさしくその通りだな、と感じました。
とにかくお金以外でも親が出ていかないといけない場面が多々ありました。
中学受験で必要になる「母親の狂気」というのはこれのことだったのか、と今更ながらに感じていました。
塾への送り迎え以外で1番最初にやらなければいけなかったのは、子供と一緒に勉強すること、でした。
4年生から受験勉強をスタートすると、そのレベルの高さと宿題の多さにまず圧倒されるので、子供にテキストだけ渡してさあ解いて、というわけにはいきません。
塾では時間の関係で各単元の導入部と基本問題の解き方くらいまでしかできないので、後はもう家でやるしかないけれど、子供1人で出来るわけがない、という状態になります。
娘が自主的に塾の自習室を利用して宿題をしたり、家で1人で宿題ができるようになったのは5年生の2学期くらいからで、それまでは一緒に問題を解いていました。
それでまぁ、4年生くらいの問題だとまだ私の方が計算が早かったり答えがわかったりするので、負けず嫌いな娘的にはそれが許せなくて機嫌が悪くなって宿題が進まないとか、もう数えきれないくらいありました。
理科系の問題は覚えがいいのに社会はあまり覚えていないというのもあって、日常的に社会の問題を出したりとかもしていて、いつの間にか私自身が受験の波に飲み込まれている感じもありました。
受験勉強を始める前までは、ほどほど受験だしいろいろ塾に任せていればいいかなぁ、くらいにしか考えていませんでしたが、娘をそれなりの学校に入れたいとなったらもう狂気に支配されるしかない、くらいの感覚はありました。
それで、5年生の2学期から塾の自習室に突っ込めばどうにかこうにか宿題をこなしてくる状態が完成して、若干手が離れた感じはありました。塾の先生も自習室の利用をすごく勧めてくれていましたし。
でも、面倒見がいいと言われているEゼミナールですらこれなのか、と怖くなる部分もありました。
SAPIXは自習室もない上に宿題が大量に出て親の負担が大きい、というのを後々知りましたが、もし娘がSAPIXだったら手が回らなかったのではないかな、と思ったりもしました。
塾への送り迎えに関しても、日々通っている教室は比較的家の近くにありますが、難関講座は家から離れている場所なのでそこに連れて行ったりとか、外部模試の受験で会場に連れて行ったりとか、とにかく付き添わないといけない場面は多々ありました。
確実に土日に動ける状態にしておかないと中学受験なんて出来ないです。
共働き家庭だと、相当融通の利く職場でないと対応しきれないのではないかな、と思います。
Eゼミナールは面倒見が良くて共働き向き、という広告やらネット記事やらを見かけますが、他の塾に比べてまだ手がかからない程度のレベルなのではないかな、くらいの感覚でした。
志望校選びに関しても、まず親が「通える範囲で適正な偏差値帯」の学校を選び、その学校についていろいろ調べて娘に提案して、興味を持ったら親が学校説明会に参加するとかやらないとですし、高校受験だったらこの辺りは受験生本人が調べてやるけれど、小学生じゃあ無理だよなぁ、みたいなのを全部親がフォローしていくのは本当に大変でした。
それで6年生の9月から過去問を解いていくことになるのですが、過去問の本を買ってコピーをしなければならず、第一志望は決まっていても受験校を絞り切れていなかったために10校分くらいの過去問を買って3年分コピーしなければならなかったのは、体力的にかなりきつかったです。
トータル1000枚くらいコピーしたのですが、1枚10円ではなく5円の店を探して、2時間くらい回し続けたことが4回ほどありました。(この辺りも地味にお金がかかる部分)
今の世の中、コンビニの多機能コピーではなく、旧式の5円コピーを使う人が少なくてよかったです。
コピー中に声をかけられて割り込みでコピーしてあげたのは2回だけでした。
また、受験校への出願を行うのも親の役目で、とりあえず受験してみたいだけの学校についての志望動機を書くとか、いつぞやの就職活動を思い出しました。
基本的に合否判定はテストの点数のみで行われますが、ボーダーライン上での繰り上げ合格に関してはこの志望動機が結構重要とのことで、下手にコピペ文章も使えないってことで、苦労しました。
また、出願時に「学校での様子を300字以内で書け」とか、6年生の1学期の欠席日数を書けとかあったりして、これは不登校の子はいらないよ、と暗に示しているんだろうなぁ、と感じたこともありました。
子供の受験を通して親も見られているな、と感じました。
とにかくお金以外でも親が出ていかないといけない場面が多々ありました。
中学受験で必要になる「母親の狂気」というのはこれのことだったのか、と今更ながらに感じていました。
塾への送り迎え以外で1番最初にやらなければいけなかったのは、子供と一緒に勉強すること、でした。
4年生から受験勉強をスタートすると、そのレベルの高さと宿題の多さにまず圧倒されるので、子供にテキストだけ渡してさあ解いて、というわけにはいきません。
塾では時間の関係で各単元の導入部と基本問題の解き方くらいまでしかできないので、後はもう家でやるしかないけれど、子供1人で出来るわけがない、という状態になります。
娘が自主的に塾の自習室を利用して宿題をしたり、家で1人で宿題ができるようになったのは5年生の2学期くらいからで、それまでは一緒に問題を解いていました。
それでまぁ、4年生くらいの問題だとまだ私の方が計算が早かったり答えがわかったりするので、負けず嫌いな娘的にはそれが許せなくて機嫌が悪くなって宿題が進まないとか、もう数えきれないくらいありました。
理科系の問題は覚えがいいのに社会はあまり覚えていないというのもあって、日常的に社会の問題を出したりとかもしていて、いつの間にか私自身が受験の波に飲み込まれている感じもありました。
受験勉強を始める前までは、ほどほど受験だしいろいろ塾に任せていればいいかなぁ、くらいにしか考えていませんでしたが、娘をそれなりの学校に入れたいとなったらもう狂気に支配されるしかない、くらいの感覚はありました。
それで、5年生の2学期から塾の自習室に突っ込めばどうにかこうにか宿題をこなしてくる状態が完成して、若干手が離れた感じはありました。塾の先生も自習室の利用をすごく勧めてくれていましたし。
でも、面倒見がいいと言われているEゼミナールですらこれなのか、と怖くなる部分もありました。
SAPIXは自習室もない上に宿題が大量に出て親の負担が大きい、というのを後々知りましたが、もし娘がSAPIXだったら手が回らなかったのではないかな、と思ったりもしました。
塾への送り迎えに関しても、日々通っている教室は比較的家の近くにありますが、難関講座は家から離れている場所なのでそこに連れて行ったりとか、外部模試の受験で会場に連れて行ったりとか、とにかく付き添わないといけない場面は多々ありました。
確実に土日に動ける状態にしておかないと中学受験なんて出来ないです。
共働き家庭だと、相当融通の利く職場でないと対応しきれないのではないかな、と思います。
Eゼミナールは面倒見が良くて共働き向き、という広告やらネット記事やらを見かけますが、他の塾に比べてまだ手がかからない程度のレベルなのではないかな、くらいの感覚でした。
志望校選びに関しても、まず親が「通える範囲で適正な偏差値帯」の学校を選び、その学校についていろいろ調べて娘に提案して、興味を持ったら親が学校説明会に参加するとかやらないとですし、高校受験だったらこの辺りは受験生本人が調べてやるけれど、小学生じゃあ無理だよなぁ、みたいなのを全部親がフォローしていくのは本当に大変でした。
それで6年生の9月から過去問を解いていくことになるのですが、過去問の本を買ってコピーをしなければならず、第一志望は決まっていても受験校を絞り切れていなかったために10校分くらいの過去問を買って3年分コピーしなければならなかったのは、体力的にかなりきつかったです。
トータル1000枚くらいコピーしたのですが、1枚10円ではなく5円の店を探して、2時間くらい回し続けたことが4回ほどありました。(この辺りも地味にお金がかかる部分)
今の世の中、コンビニの多機能コピーではなく、旧式の5円コピーを使う人が少なくてよかったです。
コピー中に声をかけられて割り込みでコピーしてあげたのは2回だけでした。
また、受験校への出願を行うのも親の役目で、とりあえず受験してみたいだけの学校についての志望動機を書くとか、いつぞやの就職活動を思い出しました。
基本的に合否判定はテストの点数のみで行われますが、ボーダーライン上での繰り上げ合格に関してはこの志望動機が結構重要とのことで、下手にコピペ文章も使えないってことで、苦労しました。
また、出願時に「学校での様子を300字以内で書け」とか、6年生の1学期の欠席日数を書けとかあったりして、これは不登校の子はいらないよ、と暗に示しているんだろうなぁ、と感じたこともありました。
子供の受験を通して親も見られているな、と感じました。
2024年07月11日
中学受験日記⑤~お金~
中学受験をする上で絶対に必要になるのが何よりもお金、でした。
「二月の勝者」のドラマでは、「中学受験を成立させているのは父親の経済力と母親の狂気」と言われていましたが、振り返ってみればまさにその通りで、とにかくお金がかかりました。
我が家では習い事として小学3年生まで進研ゼミと水泳教室に月5000円ずつくらいのお金をかけていました。
その状態から、さあ学習塾に行こうとなったとき、私の中学生時代の塾費用は5教科週4日9時間で月20000円くらいだったので、4年生で週2日4時間くらいなら、まぁ塾費用が高いといっても私の中学時代の時間の半分くらいなら同額くらいなんじゃないかなぁ、程度に考えていました。
塾の公式ページに費用の掲載がないのも上手いところで、今なら無料体験実施中という文言を見て、まぁ行ってみて合わないならお金かからないし別にいいかな、くらいの本当に軽い気持ちでいました。
それでいざ塾に入ってみたら、基本的な受講料だけで月30000円という金額が出てきて、そんなにかかるの!?、というのが正直なところでした。
なお、これは受講料だけなので、これはと別にテキスト代、毎月行われる塾内模試代が加算され、更には春・夏・冬の特別講習代は別。ついでに、難関選抜ゼミも別料金。
更に、塾までの交通費、外部模試の費用、などなど細かいお金もかかるので、4年生ではトータル70万くらいはかかったかと思います。
そして、受験勉強が本格化する5年生はこの1.5倍近くかかりました。
塾での勉強時間は週3日9時間くらいになりますし、春・夏・冬の講習や難関選抜ゼミの開催回数もほぼ倍、ぶっちゃけ成績がいいほどお金はかかりました。
でも、娘が特別講座に参加したいと言っているのをお金を理由に止めさせるのも塾に通わせている以上おかしい話だし、やればやるだけ成績が伸びていくというのもあって、結局案内されたコースは全て参加した感じになりました。
最終学年の6年生時は、どうしても国語の成績が上がらなくて、受験は1番成績の低い科目の偏差値を基準に考えるから、このままだと難関校は厳しくなるかもしれないと言われて国語の個別授業を追加したりもしたので、更に出費が増えました。
他の科目が偏差値65~70くらいなのに、国語が43とかで、知識系の問題ならいいけどとにかく記述問題が書けないというのもあり、親の力でどうすることも出来なかったので、やらせるしか選択肢はありませんでした。一緒にテキストを音読したりとか、音読した文章のあらすじ説明をやってもらうとか家でもやっていたのですが、どうにも伸び悩んだ、というより成績が落ちていたので、もう塾に任せるしかない、と。
受験期になると、受験料が1校につき25000円くらいかかりますし、受験票に貼る写真にしたってデジタルにしないといけないのでちゃんとした写真館で撮影しましたし(6000円くらい)、通常授業の受講料は5年生とさほど変わらないものの春・夏・冬の講習や難関選抜ゼミの開催回数はさらに増え、2学期以降は内部模試を受けるのに加えて外部模試を毎月受けたりもしていて、とにかくお金、お金、お金でした。
受験当日だけでなく、外部模試を受験するにしたって必ず親同伴なのでその分交通費がかかりますし、試験終了時間は大体お昼頃なので外食したらそれはそれでお金がかかります。
地味にいろんなところでお金が出ていきました。
塾での1番最初の親子合同の保護者説明会で、中学受験が出来るというのはそれだけで特別なことなのだから、その意味を十分考えて受験に挑みなさい、と子供たちに向けて先生が言っていたのは、こういうことだからなのだと実感しました。
トータルで400万はいかないものの300万は確実にかかりました。
子供がもう1人いたら中学受験はさせられなかったかもしれません。
「二月の勝者」のドラマでは、「中学受験を成立させているのは父親の経済力と母親の狂気」と言われていましたが、振り返ってみればまさにその通りで、とにかくお金がかかりました。
我が家では習い事として小学3年生まで進研ゼミと水泳教室に月5000円ずつくらいのお金をかけていました。
その状態から、さあ学習塾に行こうとなったとき、私の中学生時代の塾費用は5教科週4日9時間で月20000円くらいだったので、4年生で週2日4時間くらいなら、まぁ塾費用が高いといっても私の中学時代の時間の半分くらいなら同額くらいなんじゃないかなぁ、程度に考えていました。
塾の公式ページに費用の掲載がないのも上手いところで、今なら無料体験実施中という文言を見て、まぁ行ってみて合わないならお金かからないし別にいいかな、くらいの本当に軽い気持ちでいました。
それでいざ塾に入ってみたら、基本的な受講料だけで月30000円という金額が出てきて、そんなにかかるの!?、というのが正直なところでした。
なお、これは受講料だけなので、これはと別にテキスト代、毎月行われる塾内模試代が加算され、更には春・夏・冬の特別講習代は別。ついでに、難関選抜ゼミも別料金。
更に、塾までの交通費、外部模試の費用、などなど細かいお金もかかるので、4年生ではトータル70万くらいはかかったかと思います。
そして、受験勉強が本格化する5年生はこの1.5倍近くかかりました。
塾での勉強時間は週3日9時間くらいになりますし、春・夏・冬の講習や難関選抜ゼミの開催回数もほぼ倍、ぶっちゃけ成績がいいほどお金はかかりました。
でも、娘が特別講座に参加したいと言っているのをお金を理由に止めさせるのも塾に通わせている以上おかしい話だし、やればやるだけ成績が伸びていくというのもあって、結局案内されたコースは全て参加した感じになりました。
最終学年の6年生時は、どうしても国語の成績が上がらなくて、受験は1番成績の低い科目の偏差値を基準に考えるから、このままだと難関校は厳しくなるかもしれないと言われて国語の個別授業を追加したりもしたので、更に出費が増えました。
他の科目が偏差値65~70くらいなのに、国語が43とかで、知識系の問題ならいいけどとにかく記述問題が書けないというのもあり、親の力でどうすることも出来なかったので、やらせるしか選択肢はありませんでした。一緒にテキストを音読したりとか、音読した文章のあらすじ説明をやってもらうとか家でもやっていたのですが、どうにも伸び悩んだ、というより成績が落ちていたので、もう塾に任せるしかない、と。
受験期になると、受験料が1校につき25000円くらいかかりますし、受験票に貼る写真にしたってデジタルにしないといけないのでちゃんとした写真館で撮影しましたし(6000円くらい)、通常授業の受講料は5年生とさほど変わらないものの春・夏・冬の講習や難関選抜ゼミの開催回数はさらに増え、2学期以降は内部模試を受けるのに加えて外部模試を毎月受けたりもしていて、とにかくお金、お金、お金でした。
受験当日だけでなく、外部模試を受験するにしたって必ず親同伴なのでその分交通費がかかりますし、試験終了時間は大体お昼頃なので外食したらそれはそれでお金がかかります。
地味にいろんなところでお金が出ていきました。
塾での1番最初の親子合同の保護者説明会で、中学受験が出来るというのはそれだけで特別なことなのだから、その意味を十分考えて受験に挑みなさい、と子供たちに向けて先生が言っていたのは、こういうことだからなのだと実感しました。
トータルで400万はいかないものの300万は確実にかかりました。
子供がもう1人いたら中学受験はさせられなかったかもしれません。
2024年07月06日
ドラマ「燕は戻ってこない」・感想
この話の主人公は北海道から上京してきたものの、東京で貧乏に苦しんでいる29歳の女性。
派遣で医療事務として働いてはいるものの、手取りは毎月14万円程度。
オンボロアパートに住み、外食もままならない生活で、派遣の雇止めも近く、いろいろ追い詰められているという現状があります。
ただ、この主人公・理紀がとにかく浅はか。
東京に出てきたのも、何となく東京に行けばいい生活ができるかも、みたいな憧れだけで、特にやりたいことがあったわけでもなければ、活かせる資格もない。北海道にいた頃は介護職だったというのに、おそらく介護関係の資格を取ることもせずにただただ東京に出てきただけ。
そういう人だから、稼げる仕事に就けるわけもなく、漫然と日々を過ごすことに追われています。
北海道にいたときにお世話になったおばさんが亡くなったと聞いても、帰省するお金もありません。
おばさんは、東京に出ていくなら200万円は貯めてからの方がいいと言っていたのに、そんなアドバイスなど右から左に聞き流して上京してきたものの、恩は感じています。でも、お金はありません。
そんな理紀の同僚の友人は同じように貧乏であることに加え、風俗で稼いだお金を男に貢いでしまうようなちょっと頭の悪い子。その子があるとき、卵子提供すれば50万円貰える仕事がある、と理紀に持ち掛けてきます。
卵子提供するということは自分の遺伝子を持った子供がどこかで生まれるかもしれない、ということで理紀は最初断るのですが、臓器提供だって似たようなもの、などなど説得されて卵子提供業者のサイトに登録してしまいます。
しかし、後日友人はサイトに登録していないと聞かされ、自分から誘っておいて登録していないってどういうこと?、と理紀は怒ります。
確かにそりゃ怒るよな、と思うわけですが、その友人に、私が風俗で働いているのは知っているよね?、同じように理紀を風俗に誘ったけど理紀はやらなかった、でも卵子提供はやることにした、そういう線引きをしたのは理紀だよね?、と返されて何も言えなくなってしまいます。
この辺りから、頭悪そうな友人の方がものすごい正論を言ってくるし、理紀の浅はかさも露呈して、一気に話に引き込まれるようになりました。
その後、理紀は代理母として白羽の矢が立つことになります。
理紀にはかつて悪い男に引っかかって中絶した経験があり、その1回妊娠したことがある、という経験を買われて、通常の代理母として受精卵を子宮に入れる方法ではなく、代理母を希望する夫婦の夫の精子を子宮に入れて人工授精をするサロゲートマザーにならないか、と誘われます。
報酬は最低で300万円。
悩みに悩むものの、お金の力に負けて理紀は代理母になることを決めます。
一方、代理母を依頼する夫婦はというと。
夫とその母は有名な元バレエダンサーで、数々の受賞歴を持ち、現在はバレエ教室を運営するお金持ち。
妻はイラストレーターとしてコンスタントに仕事を得ているものの、かつて略奪婚をした過去があります。
皮肉なことに、あなたの子供が産みたい、と迫って寝取って略奪婚したのに流産を3回繰り返して不育症と診断され、結局子供を産むことができなかったのに加え、元妻は再婚して2児の母になっているという状態。
夫と姑は自分たちの遺伝子を継ぐ子供を切望していて、母親の遺伝子はあまり当てにはしていないので、サロゲートマザー方式で問題ないという判断。
略奪婚をしたのに子供を産めなかった、という後ろめたさから、妻も代理母に渋々同意することになります。
この3人の初顔合わせの日。
理紀は代理母の代金として1000万円を要求し、受け入れてもらうのですが、その日のお礼として代理母の謝礼とは別に5万円を受け取ります。
手取り14万円のところにポンとやってきた5万円。
理紀はその足で、今までやりたくても出来なかった、カフェでオシャレな飲み物を買う、デパ地下でおいしそうな総菜やデザートを買う、というのをやってしまいます。
おそらく、近いうちに1000万円入るという打算もあったでしょう。
そして、家の冷蔵庫に総菜をしまっているときに、ふとこのお金があれば北海道に帰省しておばさんのお墓参りに行けた、ということに気付きます。
ここでもやはり理紀の浅はかさが出てしまったわけですが、でも、もし自分が理紀と同じ立場に置かれていたとしたら、散財してしまうかもしれないな……とも思えて、理紀の行動が理解できなくもない、と思ってしまう自分がいました。
こういう感じで、理紀の浅はかさにイライラしつつも、どこか共感してしまう、という場面が何度となく出てきます。
その後、前金200万円を受け取った理紀はきれいなマンションへと引越し、生活に余裕ができたと思って北海道へ帰省します。
サロゲートマザーとして出産すると決めたとき、便宜上依頼者夫婦は離婚して理紀は依頼者の夫と結婚していたので(そうすれば戸籍上夫の実子となる)、結婚報告という大義名分がありました。
それを知った夫は大激怒。
北海道なんて遠い場所に行ったら、バレないと思って飲酒や喫煙をするかもしれない、と長文のお怒りメールを理紀に送ります。
既に昔の同僚たちと飲酒していた理紀は、それを見てイラっとして、昔関係のあった不倫相手と再び関係を持ってしまいます。
この辺りもやっぱり理紀が浅はかなところ。
その場の感情で突発的に行動してしまうのです。
ただ、やっぱり理紀がイラッとするのもわかりますし、昔の男と関係を持つのはどうかと思うものの飲酒に関してはまだ妊娠していないならセーフだと考えてしまってもおかしくはないかな、と。
理紀の浅はかさにイライラしつつ、そう行動してしまう理紀の気持ちもわからなくはない、とやはり感じました。
しかし、東京に戻ってきて理紀は気付きます。
北海道にいたときは排卵日の6日前だから平気だと思っていたものの、ネットで調べたら精子は子宮の中で10日程度生きる可能性もある、と。
そして、人工授精を行った後で妊娠発覚。
理紀にはもう1人関係を持った人がいて、父親候補が3人いる状態が発生。
しかも、双子。
思い悩んだ末、堕胎して最初からやり直すと理紀は言い出すのですが、依頼者の妻がそれに反対。
自分は妊娠してもお腹の中で育てることができなかったという負い目から、堕胎させる選択肢が選べない妻。
このことは後々依頼者の夫も知ることになるのですが、自らが経営するバレエ教室で伸び悩む生徒の親に「人は遺伝子の奴隷ではない」と口をついて出た自らの言葉にいろいろ考えさせられ、自分の子供でなくても生んでほしい、という結論に達します。
そんな中、理紀はつわりに苦しむことになるのですが、ここに依頼者の姑が理紀の世話をしに理紀の部屋を訪れます。
登場人物の中でこの姑が1番息子の血を引いた子供を望んでいて、代理出産の費用も全額負担するほど。
ことある毎にちょいちょい口を出してきて、過去のことを引っ張り出しては、やっぱり略奪婚なんて認めるんじゃなかったとか言ってみたり、出産まで理紀と同居しましょうと提案してきたり、とにかく自分本位で選民意識が高い人だな、という印象でした。
妊娠しているのに荒れた食生活をしている理紀を見かねて、つわりの最中でも食べやすい作り置きの総菜を大量に作ったり、サプリを用意したり、いろいろとかいがいしく世話をする中で理紀が代理出産を引き受けた経緯を聞き出して、割と神妙に聞いていたので、同情するところがあったのかな……と思っていました。
そうしたら、帰宅した姑が、あれが同じ人間だとは思いたくもない、あれは別の生き物だ、と吐き捨てるのです。何の努力もせず、甘えて生きてきただけの人だ、と。でも、そんな人に頼らないといけない自分がいる事実もわかっている、と。
これを聞いたとき、あぁこの人はバレエダンサーとして成功するためにものすごく努力したのだろうな、と感じました。だからこそ、努力してこなかった人が普通の幸せが欲しかったと言ったところで共感は出来なかったのだろうな、と。
このシーンが出てくるまで、姑に対してはマイナスイメージしかなかったのすが、この場面を見て少しプラス部分が生まれました。
そして、ついに出産。
早期破水で帝王切開になったものの、無事双子が生まれました。
これで双子を引き渡せばビジネスとして終了するのですが、出産後に高熱が出たり、母乳が出ることで体が母親になっていることを実感し、生後2ヶ月までは育ててほしいと頼まれて育てたことで、理紀の中で意識が変わっていきます。
結果。
男の子は依頼者夫婦に渡し、女の子は自分で育てるという結論に達したところで終幕、となりました。
この結末を見たとき、これって理紀の浅はかさが最後の最後にも出てしまった結果なのではないかな、と感じました。
出産と育児を経験したことで赤ちゃんに愛着が湧いてしまって、契約上2人は無理だけど突発的に1人は育てたいと思ってしまったのではないかな、と。
で、いずれ後悔することになるのではないかな……と。
依頼者夫妻は子供の遺伝子検査をしないことに決めていましたが、理紀は出産前に誰の子か気になるから遺伝子検査はしてほしいと言っていたので、いずれ自分で調べて本当に父親にいろいろ迫るかもしれませんし、後々生活がきつくなってきたら虐待に走りそうな感じもしましたし、恵まれた環境で育つ双子の片割れのことを知った子供が何を思うのか気になったりもしました。
ということで各話放送後にいろいろ考えてしまうことがあった以上に、最終回後にいろいろ考えてしまう、そんな話でした。
ただ、代理出産についての法整備が進んでいない今の日本だから生まれた話でもあると思いました。
最終的には爽快感など皆無で、一通り見ると気分的に落ち込むことの方が多い作品ではありましたが、それでも見てよかったと思いました。
派遣で医療事務として働いてはいるものの、手取りは毎月14万円程度。
オンボロアパートに住み、外食もままならない生活で、派遣の雇止めも近く、いろいろ追い詰められているという現状があります。
ただ、この主人公・理紀がとにかく浅はか。
東京に出てきたのも、何となく東京に行けばいい生活ができるかも、みたいな憧れだけで、特にやりたいことがあったわけでもなければ、活かせる資格もない。北海道にいた頃は介護職だったというのに、おそらく介護関係の資格を取ることもせずにただただ東京に出てきただけ。
そういう人だから、稼げる仕事に就けるわけもなく、漫然と日々を過ごすことに追われています。
北海道にいたときにお世話になったおばさんが亡くなったと聞いても、帰省するお金もありません。
おばさんは、東京に出ていくなら200万円は貯めてからの方がいいと言っていたのに、そんなアドバイスなど右から左に聞き流して上京してきたものの、恩は感じています。でも、お金はありません。
そんな理紀の同僚の友人は同じように貧乏であることに加え、風俗で稼いだお金を男に貢いでしまうようなちょっと頭の悪い子。その子があるとき、卵子提供すれば50万円貰える仕事がある、と理紀に持ち掛けてきます。
卵子提供するということは自分の遺伝子を持った子供がどこかで生まれるかもしれない、ということで理紀は最初断るのですが、臓器提供だって似たようなもの、などなど説得されて卵子提供業者のサイトに登録してしまいます。
しかし、後日友人はサイトに登録していないと聞かされ、自分から誘っておいて登録していないってどういうこと?、と理紀は怒ります。
確かにそりゃ怒るよな、と思うわけですが、その友人に、私が風俗で働いているのは知っているよね?、同じように理紀を風俗に誘ったけど理紀はやらなかった、でも卵子提供はやることにした、そういう線引きをしたのは理紀だよね?、と返されて何も言えなくなってしまいます。
この辺りから、頭悪そうな友人の方がものすごい正論を言ってくるし、理紀の浅はかさも露呈して、一気に話に引き込まれるようになりました。
その後、理紀は代理母として白羽の矢が立つことになります。
理紀にはかつて悪い男に引っかかって中絶した経験があり、その1回妊娠したことがある、という経験を買われて、通常の代理母として受精卵を子宮に入れる方法ではなく、代理母を希望する夫婦の夫の精子を子宮に入れて人工授精をするサロゲートマザーにならないか、と誘われます。
報酬は最低で300万円。
悩みに悩むものの、お金の力に負けて理紀は代理母になることを決めます。
一方、代理母を依頼する夫婦はというと。
夫とその母は有名な元バレエダンサーで、数々の受賞歴を持ち、現在はバレエ教室を運営するお金持ち。
妻はイラストレーターとしてコンスタントに仕事を得ているものの、かつて略奪婚をした過去があります。
皮肉なことに、あなたの子供が産みたい、と迫って寝取って略奪婚したのに流産を3回繰り返して不育症と診断され、結局子供を産むことができなかったのに加え、元妻は再婚して2児の母になっているという状態。
夫と姑は自分たちの遺伝子を継ぐ子供を切望していて、母親の遺伝子はあまり当てにはしていないので、サロゲートマザー方式で問題ないという判断。
略奪婚をしたのに子供を産めなかった、という後ろめたさから、妻も代理母に渋々同意することになります。
この3人の初顔合わせの日。
理紀は代理母の代金として1000万円を要求し、受け入れてもらうのですが、その日のお礼として代理母の謝礼とは別に5万円を受け取ります。
手取り14万円のところにポンとやってきた5万円。
理紀はその足で、今までやりたくても出来なかった、カフェでオシャレな飲み物を買う、デパ地下でおいしそうな総菜やデザートを買う、というのをやってしまいます。
おそらく、近いうちに1000万円入るという打算もあったでしょう。
そして、家の冷蔵庫に総菜をしまっているときに、ふとこのお金があれば北海道に帰省しておばさんのお墓参りに行けた、ということに気付きます。
ここでもやはり理紀の浅はかさが出てしまったわけですが、でも、もし自分が理紀と同じ立場に置かれていたとしたら、散財してしまうかもしれないな……とも思えて、理紀の行動が理解できなくもない、と思ってしまう自分がいました。
こういう感じで、理紀の浅はかさにイライラしつつも、どこか共感してしまう、という場面が何度となく出てきます。
その後、前金200万円を受け取った理紀はきれいなマンションへと引越し、生活に余裕ができたと思って北海道へ帰省します。
サロゲートマザーとして出産すると決めたとき、便宜上依頼者夫婦は離婚して理紀は依頼者の夫と結婚していたので(そうすれば戸籍上夫の実子となる)、結婚報告という大義名分がありました。
それを知った夫は大激怒。
北海道なんて遠い場所に行ったら、バレないと思って飲酒や喫煙をするかもしれない、と長文のお怒りメールを理紀に送ります。
既に昔の同僚たちと飲酒していた理紀は、それを見てイラっとして、昔関係のあった不倫相手と再び関係を持ってしまいます。
この辺りもやっぱり理紀が浅はかなところ。
その場の感情で突発的に行動してしまうのです。
ただ、やっぱり理紀がイラッとするのもわかりますし、昔の男と関係を持つのはどうかと思うものの飲酒に関してはまだ妊娠していないならセーフだと考えてしまってもおかしくはないかな、と。
理紀の浅はかさにイライラしつつ、そう行動してしまう理紀の気持ちもわからなくはない、とやはり感じました。
しかし、東京に戻ってきて理紀は気付きます。
北海道にいたときは排卵日の6日前だから平気だと思っていたものの、ネットで調べたら精子は子宮の中で10日程度生きる可能性もある、と。
そして、人工授精を行った後で妊娠発覚。
理紀にはもう1人関係を持った人がいて、父親候補が3人いる状態が発生。
しかも、双子。
思い悩んだ末、堕胎して最初からやり直すと理紀は言い出すのですが、依頼者の妻がそれに反対。
自分は妊娠してもお腹の中で育てることができなかったという負い目から、堕胎させる選択肢が選べない妻。
このことは後々依頼者の夫も知ることになるのですが、自らが経営するバレエ教室で伸び悩む生徒の親に「人は遺伝子の奴隷ではない」と口をついて出た自らの言葉にいろいろ考えさせられ、自分の子供でなくても生んでほしい、という結論に達します。
そんな中、理紀はつわりに苦しむことになるのですが、ここに依頼者の姑が理紀の世話をしに理紀の部屋を訪れます。
登場人物の中でこの姑が1番息子の血を引いた子供を望んでいて、代理出産の費用も全額負担するほど。
ことある毎にちょいちょい口を出してきて、過去のことを引っ張り出しては、やっぱり略奪婚なんて認めるんじゃなかったとか言ってみたり、出産まで理紀と同居しましょうと提案してきたり、とにかく自分本位で選民意識が高い人だな、という印象でした。
妊娠しているのに荒れた食生活をしている理紀を見かねて、つわりの最中でも食べやすい作り置きの総菜を大量に作ったり、サプリを用意したり、いろいろとかいがいしく世話をする中で理紀が代理出産を引き受けた経緯を聞き出して、割と神妙に聞いていたので、同情するところがあったのかな……と思っていました。
そうしたら、帰宅した姑が、あれが同じ人間だとは思いたくもない、あれは別の生き物だ、と吐き捨てるのです。何の努力もせず、甘えて生きてきただけの人だ、と。でも、そんな人に頼らないといけない自分がいる事実もわかっている、と。
これを聞いたとき、あぁこの人はバレエダンサーとして成功するためにものすごく努力したのだろうな、と感じました。だからこそ、努力してこなかった人が普通の幸せが欲しかったと言ったところで共感は出来なかったのだろうな、と。
このシーンが出てくるまで、姑に対してはマイナスイメージしかなかったのすが、この場面を見て少しプラス部分が生まれました。
そして、ついに出産。
早期破水で帝王切開になったものの、無事双子が生まれました。
これで双子を引き渡せばビジネスとして終了するのですが、出産後に高熱が出たり、母乳が出ることで体が母親になっていることを実感し、生後2ヶ月までは育ててほしいと頼まれて育てたことで、理紀の中で意識が変わっていきます。
結果。
男の子は依頼者夫婦に渡し、女の子は自分で育てるという結論に達したところで終幕、となりました。
この結末を見たとき、これって理紀の浅はかさが最後の最後にも出てしまった結果なのではないかな、と感じました。
出産と育児を経験したことで赤ちゃんに愛着が湧いてしまって、契約上2人は無理だけど突発的に1人は育てたいと思ってしまったのではないかな、と。
で、いずれ後悔することになるのではないかな……と。
依頼者夫妻は子供の遺伝子検査をしないことに決めていましたが、理紀は出産前に誰の子か気になるから遺伝子検査はしてほしいと言っていたので、いずれ自分で調べて本当に父親にいろいろ迫るかもしれませんし、後々生活がきつくなってきたら虐待に走りそうな感じもしましたし、恵まれた環境で育つ双子の片割れのことを知った子供が何を思うのか気になったりもしました。
ということで各話放送後にいろいろ考えてしまうことがあった以上に、最終回後にいろいろ考えてしまう、そんな話でした。
ただ、代理出産についての法整備が進んでいない今の日本だから生まれた話でもあると思いました。
最終的には爽快感など皆無で、一通り見ると気分的に落ち込むことの方が多い作品ではありましたが、それでも見てよかったと思いました。
2024年06月08日
中学受験日記④~志望校と受験校が決まるまで~
志望校を決めるには、偏差値以外でも考えなければならないことが多々ありました。
偏差値の次に考えなければならないのが、共学にするのか女子校にするのか。
4年生のときに初めて塾で面談をしたとき、最初に聞かれたのは共学を志望するのか、女子校を志望するのか、でした。
そのときの娘は何となく共学志望だったのですが、やはり私立中学は男女別学が多いので、女子校も視野に入れておいた方がいい、と言われました。
私自身は中学まで公立、その後女子高→女子大で、女子校のメリットとデメリットは一応わかっていました。
メリットは、女の子ばかりで気を遣わないので楽、生理などの女性特有の体調について何も言わずとも考慮されている、など。
デメリットは、女性らしさは全く育たないこと。異性の目があってこそ女らしさは育つので、がさつになりやすい、など。
女子高と女子大は確かに楽しかったのですが、社会に出ることを考えたら共学の方がいいのかなぁ……と思っていました。でも、女子校の学校説明会に行ったときに、女子校のメリットを次のように説明されました。
思春期に男女共学であった場合、暗黙の了解状態で性別で役割が自然と分担されてしまう。例えば力仕事は男子、細かい仕事は女子に、と。特に理科の実験などでは、実験は男子がやって女子は記録係になりがちになる。
でも、女子校であれば力仕事だって実験だって全て行うので、むしろ社会に出たときに男子の気持ちがわかるようになる。
そう説明されて、それは確かにな、と思って、共学よりもむしろ女子校の方がいいのでは?、と思うようになりました。
娘は娘で、高学年女子特有の、男子が異様に嫌いになる現象が発生していたので、女子校に行きたい気持ちに傾いていました。
ただ、偏差値が高めの男子であれば学校のような男子はまずいないだろうし、Aくんぽい子が多いと思うよ、という話はしていて、一応共学校も志望範囲に入れて考えていこうとはしていました。
そして、全ての中学受験を考える人の中で1番重要視されるという校風。
自由型なのか管理型なのか、文系なのか理系なのか。
以前にも書きましたが、娘は完全な理系です。
算数と理科がやたらと得意で、社会もそれなりに好きだけど、国語が壊滅的、という。
それで自然と娘は理系の学校に行きたいし、私としても行かせたいと思うわけですが、娘の偏差値帯で理系の学校の選択肢があまりない、という問題に行き当たりました。
理系の女子というのはそれなりに珍しいので、どの学校もほしいとは思うのですが、絶対数が少ないが故に門戸が狭いのです。
女子理系の代表格として豊島岡女子があるのですが、ここはレベルが御三家並みで、娘の力ではちょっと届かない学校です。
他にも、広尾学園とか、吉祥女子とか、どうしても理系となると高レベル帯で、娘ではちょっと届かないかもしれないし、ギリギリ入れたとしてもついて行くのが大変だろうし、そもそもほどほど受験思考なのに背伸びした学校に入ってもきついだろう、と困った感じでした。
感覚的なものですが、女子の中で理系が得意だという子は全体の2~3割くらいだと思うのですが、その理系が得意な中で国語が苦手という子もまた2~3割くらいで少ないのではないかな、と。
理系が出来るなら全部できるというタイプの方が多いが故に、理系が出来る子は高レベル帯の学校に合格できるし、理系特化試験を実施する女子校が少ないのではないかな、と。
また、算数一科受験を実施しているような、あからさまに理系を求めているだろう学校は中堅校が多く、ほどほど受験ではあるけど、その辺りのレベルではちょっともったいないかなぁ、と思ってしまったり。
偏差値的にちょうど良い感じの学校は大学付属の文系の学校が多く、将来的に数学科に進むのであれば付属校もアリと言えばアリなのですが(文系でも理学部がある大学ならほぼ数学科はある)、娘に将来進みたい学科を聞いてみたら、天文学にちょっと興味があると言われてしまい、それってかなり大学限られるぞ、と。
学びたい学問はこれから変わる可能性も十分にあるので、大学までエスカレーターに乗せるのではなく、やりたい学問を見つけてそれが学べる大学の推薦が取れる感じになっていた方がいいのかなぁ、と考えるようになりました。
以上のようなことをふまえて志望校を決めることになったのですが、最終的にこの学校に行きたい、となったのは6年生の7月でした。
それまでは、親も娘もはっきりした目標が見いだせず、とにかく公立中学校には行きたくない、ということだけをモチベーションにいろいろ考える毎日でした。
塾の先生からは、学校説明会に参加するだけでなく、土曜日の午前中に志望校の近くに行くとおおよそ雰囲気がわかる、と言われていたのですが、コロナ明けで学校説明会の予約が瞬殺される状態で土曜日もなかなか動ける状態ではなかったので、とりあえず娘が通える距離なのかどうかを体感するために、いろんな学校まで直接電車に乗って行ってみる、というのはしていました。
そんな中で、個人的に一番役立ったのは外部模試の会場となる学校の説明会に参加すること、でした。
娘が試験を受けている間に学校が説明会を開いてくれるので、効率がよかったです。
それまでは一応広尾学園を第一志望で考えていて、医進コースは御三家並みに難しいけど本科であれば入れるかもしれないし、学校も英語や理系に力を入れているからいいのではないかな、と思っていました。
でも、学校説明会に参加して、あまりのレベルの高さに、ここは無理だ、と実感しました。
週3時間はネイティブの先生が英語で授業をするとか、毎週必ず実験があるとかまでならよかったのですが、海外の大学に進学するために毎年アメリカに学校見学に行っているとか、海外の大学の講義を翻訳して字幕をつけて公開しているとか、医学系大学と連携して本当の手術の見学ができるとか、これは絶対娘がついて行けない世界だ、と感じました。
娘はそこまで英語に興味がないので、ゴリゴリの英語教育の中に入れるのも違うかな、と。
娘も、そこまでやるのはちょっと……という感じになりました。
中堅校くらいの学校説明会では、学校紹介ムービーで修学旅行で海外に行ってキャッキャウフフしている映像とか学園祭や体育祭で盛り上がる映像が流れるのですが、広尾学園はそういう映像もあるにはあるものの極々少なめで全く別次元の映像構成でした。
本当の最難関校ってこういう世界なんだ、と親の方が引いてしまうような状態に陥りました。
そんな感じでそれまでの第一志望が何か違う……となった状態で参加した6年生7月の外部模試の学校説明会で、運命の出会いがありました。
もともとそこまでの志望校ではないものの、受験はするだろうという学校でした。
まず、学校長の話で前述した女子校のメリットを聞いて、ここはいい学校なのではないか?、と感じました。
そして、この時点ではまだオフレコだったものの、今年度の入試で理系コースを新設する、という発表があり、この学校じゃん、と天啓が降りてきたような気持ちになりました。
娘には試験を受けるついでに学校内をよく見ておくように、と言っておいて学校見学を兼ねた感じにしておいたのですが、校内の設備と綺麗さに感動して、今まで見てきた学校の中で1番よかった、ここに行きたい、と理系コース新設の話をする前に言い出していて、これはもうここが第一志望だ、となりました。
娘の偏差値帯としては少し低めだけれど、新設コースはおそらく若干レベルが上がるので実力相応くらいにはなるし、ほどほど受験にはピッタリだな、と。
そこからはもう志望校一直線ではあったのですが、新設コースということで過去問がない、倍率がわからない、合格最低点の基準がどの程度になるのかわからない、という手探りで受験をしなければならないというのがあり、少し怖かった、というのがありました。
ただ、新設コース発表後の学校説明会では、問題のレベルは今までの問題と同レベル、おおよそ6割点数が取れれば合格するような設定にする、と言われたので、とりあえず同校の過去問を頑張って解くことにしました。
また、第一志望以外にも、最低限この学校だったら行ってもいい、という学校もちゃんと決めていました。
中学受験で一番怖いのは全落ちで公立に行くしかなくなるという状態なので、レベル的にかなり下であっても確実に合格できる学校を、ということで。
もし第一志望に合格できなかったら試験設定日の全てで行ってもいい学校の受験に行く、という日程を組んでいました。
複数校の合格を獲れたらどうするか、という行きたい学校の順位付けも娘と何度も話し合いましたし、塾の先生とも複数回話しました。
模試会場の保護者会などでは、たまに、
・第一志望しか受験しません
・親が行かせたい高レベル帯の学校しか受験させません
・埼玉や千葉などの都外の学校は受験させません
みたいな人が出るのだけど、これだけは絶対にやめてください、と口酸っぱく言われていたので、かなりの安全策を取っていました。
たとえ持ち偏差値よりかなり低い学校であっても1つ合格を持って本命受験をするのと、持たないまま一発勝負で本命受験をするのでは気持ちの持ちようが全く違うから、と。
合不合判定模試で偏差値70切ったことがない女の子が、手応えのあった桜蔭と豊島岡を立て続けに落ちて翌日以降の受験に行けなくなった話とかもされたりして、その子が行けなくなった理由の1つは埼玉とか千葉の学校を受験しないまま本命に挑んだからだろう、とも。
なので、娘のときは埼玉で最大5日、東京で最大5日の受験日程を組むことになりました。
内訳としては、第一志望で最大3回受験して、結果次第でチャレンジ校を受験するのか安全校を受験するのか、3パターンくらいの受験になりました。
偏差値の次に考えなければならないのが、共学にするのか女子校にするのか。
4年生のときに初めて塾で面談をしたとき、最初に聞かれたのは共学を志望するのか、女子校を志望するのか、でした。
そのときの娘は何となく共学志望だったのですが、やはり私立中学は男女別学が多いので、女子校も視野に入れておいた方がいい、と言われました。
私自身は中学まで公立、その後女子高→女子大で、女子校のメリットとデメリットは一応わかっていました。
メリットは、女の子ばかりで気を遣わないので楽、生理などの女性特有の体調について何も言わずとも考慮されている、など。
デメリットは、女性らしさは全く育たないこと。異性の目があってこそ女らしさは育つので、がさつになりやすい、など。
女子高と女子大は確かに楽しかったのですが、社会に出ることを考えたら共学の方がいいのかなぁ……と思っていました。でも、女子校の学校説明会に行ったときに、女子校のメリットを次のように説明されました。
思春期に男女共学であった場合、暗黙の了解状態で性別で役割が自然と分担されてしまう。例えば力仕事は男子、細かい仕事は女子に、と。特に理科の実験などでは、実験は男子がやって女子は記録係になりがちになる。
でも、女子校であれば力仕事だって実験だって全て行うので、むしろ社会に出たときに男子の気持ちがわかるようになる。
そう説明されて、それは確かにな、と思って、共学よりもむしろ女子校の方がいいのでは?、と思うようになりました。
娘は娘で、高学年女子特有の、男子が異様に嫌いになる現象が発生していたので、女子校に行きたい気持ちに傾いていました。
ただ、偏差値が高めの男子であれば学校のような男子はまずいないだろうし、Aくんぽい子が多いと思うよ、という話はしていて、一応共学校も志望範囲に入れて考えていこうとはしていました。
そして、全ての中学受験を考える人の中で1番重要視されるという校風。
自由型なのか管理型なのか、文系なのか理系なのか。
以前にも書きましたが、娘は完全な理系です。
算数と理科がやたらと得意で、社会もそれなりに好きだけど、国語が壊滅的、という。
それで自然と娘は理系の学校に行きたいし、私としても行かせたいと思うわけですが、娘の偏差値帯で理系の学校の選択肢があまりない、という問題に行き当たりました。
理系の女子というのはそれなりに珍しいので、どの学校もほしいとは思うのですが、絶対数が少ないが故に門戸が狭いのです。
女子理系の代表格として豊島岡女子があるのですが、ここはレベルが御三家並みで、娘の力ではちょっと届かない学校です。
他にも、広尾学園とか、吉祥女子とか、どうしても理系となると高レベル帯で、娘ではちょっと届かないかもしれないし、ギリギリ入れたとしてもついて行くのが大変だろうし、そもそもほどほど受験思考なのに背伸びした学校に入ってもきついだろう、と困った感じでした。
感覚的なものですが、女子の中で理系が得意だという子は全体の2~3割くらいだと思うのですが、その理系が得意な中で国語が苦手という子もまた2~3割くらいで少ないのではないかな、と。
理系が出来るなら全部できるというタイプの方が多いが故に、理系が出来る子は高レベル帯の学校に合格できるし、理系特化試験を実施する女子校が少ないのではないかな、と。
また、算数一科受験を実施しているような、あからさまに理系を求めているだろう学校は中堅校が多く、ほどほど受験ではあるけど、その辺りのレベルではちょっともったいないかなぁ、と思ってしまったり。
偏差値的にちょうど良い感じの学校は大学付属の文系の学校が多く、将来的に数学科に進むのであれば付属校もアリと言えばアリなのですが(文系でも理学部がある大学ならほぼ数学科はある)、娘に将来進みたい学科を聞いてみたら、天文学にちょっと興味があると言われてしまい、それってかなり大学限られるぞ、と。
学びたい学問はこれから変わる可能性も十分にあるので、大学までエスカレーターに乗せるのではなく、やりたい学問を見つけてそれが学べる大学の推薦が取れる感じになっていた方がいいのかなぁ、と考えるようになりました。
以上のようなことをふまえて志望校を決めることになったのですが、最終的にこの学校に行きたい、となったのは6年生の7月でした。
それまでは、親も娘もはっきりした目標が見いだせず、とにかく公立中学校には行きたくない、ということだけをモチベーションにいろいろ考える毎日でした。
塾の先生からは、学校説明会に参加するだけでなく、土曜日の午前中に志望校の近くに行くとおおよそ雰囲気がわかる、と言われていたのですが、コロナ明けで学校説明会の予約が瞬殺される状態で土曜日もなかなか動ける状態ではなかったので、とりあえず娘が通える距離なのかどうかを体感するために、いろんな学校まで直接電車に乗って行ってみる、というのはしていました。
そんな中で、個人的に一番役立ったのは外部模試の会場となる学校の説明会に参加すること、でした。
娘が試験を受けている間に学校が説明会を開いてくれるので、効率がよかったです。
それまでは一応広尾学園を第一志望で考えていて、医進コースは御三家並みに難しいけど本科であれば入れるかもしれないし、学校も英語や理系に力を入れているからいいのではないかな、と思っていました。
でも、学校説明会に参加して、あまりのレベルの高さに、ここは無理だ、と実感しました。
週3時間はネイティブの先生が英語で授業をするとか、毎週必ず実験があるとかまでならよかったのですが、海外の大学に進学するために毎年アメリカに学校見学に行っているとか、海外の大学の講義を翻訳して字幕をつけて公開しているとか、医学系大学と連携して本当の手術の見学ができるとか、これは絶対娘がついて行けない世界だ、と感じました。
娘はそこまで英語に興味がないので、ゴリゴリの英語教育の中に入れるのも違うかな、と。
娘も、そこまでやるのはちょっと……という感じになりました。
中堅校くらいの学校説明会では、学校紹介ムービーで修学旅行で海外に行ってキャッキャウフフしている映像とか学園祭や体育祭で盛り上がる映像が流れるのですが、広尾学園はそういう映像もあるにはあるものの極々少なめで全く別次元の映像構成でした。
本当の最難関校ってこういう世界なんだ、と親の方が引いてしまうような状態に陥りました。
そんな感じでそれまでの第一志望が何か違う……となった状態で参加した6年生7月の外部模試の学校説明会で、運命の出会いがありました。
もともとそこまでの志望校ではないものの、受験はするだろうという学校でした。
まず、学校長の話で前述した女子校のメリットを聞いて、ここはいい学校なのではないか?、と感じました。
そして、この時点ではまだオフレコだったものの、今年度の入試で理系コースを新設する、という発表があり、この学校じゃん、と天啓が降りてきたような気持ちになりました。
娘には試験を受けるついでに学校内をよく見ておくように、と言っておいて学校見学を兼ねた感じにしておいたのですが、校内の設備と綺麗さに感動して、今まで見てきた学校の中で1番よかった、ここに行きたい、と理系コース新設の話をする前に言い出していて、これはもうここが第一志望だ、となりました。
娘の偏差値帯としては少し低めだけれど、新設コースはおそらく若干レベルが上がるので実力相応くらいにはなるし、ほどほど受験にはピッタリだな、と。
そこからはもう志望校一直線ではあったのですが、新設コースということで過去問がない、倍率がわからない、合格最低点の基準がどの程度になるのかわからない、という手探りで受験をしなければならないというのがあり、少し怖かった、というのがありました。
ただ、新設コース発表後の学校説明会では、問題のレベルは今までの問題と同レベル、おおよそ6割点数が取れれば合格するような設定にする、と言われたので、とりあえず同校の過去問を頑張って解くことにしました。
また、第一志望以外にも、最低限この学校だったら行ってもいい、という学校もちゃんと決めていました。
中学受験で一番怖いのは全落ちで公立に行くしかなくなるという状態なので、レベル的にかなり下であっても確実に合格できる学校を、ということで。
もし第一志望に合格できなかったら試験設定日の全てで行ってもいい学校の受験に行く、という日程を組んでいました。
複数校の合格を獲れたらどうするか、という行きたい学校の順位付けも娘と何度も話し合いましたし、塾の先生とも複数回話しました。
模試会場の保護者会などでは、たまに、
・第一志望しか受験しません
・親が行かせたい高レベル帯の学校しか受験させません
・埼玉や千葉などの都外の学校は受験させません
みたいな人が出るのだけど、これだけは絶対にやめてください、と口酸っぱく言われていたので、かなりの安全策を取っていました。
たとえ持ち偏差値よりかなり低い学校であっても1つ合格を持って本命受験をするのと、持たないまま一発勝負で本命受験をするのでは気持ちの持ちようが全く違うから、と。
合不合判定模試で偏差値70切ったことがない女の子が、手応えのあった桜蔭と豊島岡を立て続けに落ちて翌日以降の受験に行けなくなった話とかもされたりして、その子が行けなくなった理由の1つは埼玉とか千葉の学校を受験しないまま本命に挑んだからだろう、とも。
なので、娘のときは埼玉で最大5日、東京で最大5日の受験日程を組むことになりました。
内訳としては、第一志望で最大3回受験して、結果次第でチャレンジ校を受験するのか安全校を受験するのか、3パターンくらいの受験になりました。

